むねすけさん

ブログで創作をやっていましたが、誰にも相手にしてもらえないため、こちらに辿り着きました。 面白い物語、少しほっとしてもらえるようなお話を書きたいと思っています。

性別 男性
将来の夢 作家になりたいですが、 それが無理でも、何かの原案家とか、 自分の考えた物語が世に出ること。
座右の銘 我思う、故に我在り。

投稿済みの作品

1

18/03/05 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 むねすけ 閲覧数:240

この作品を評価する

――なんにもあげられないよ。
 その女の人が言った。声は僕の耳や鼓膜ではなく、内側の水分に波紋となってたぶん聞こえた。
「なにかもらえると思ってないよ。大丈夫」
 僕が女の人に言いたい言葉は、唇を動かさなくても音になってまた、波紋になった。女の人には聞こえているんだろうか。
――それがわかっているのなら、どうして?
 よかった。ちゃんと聞こえているみたい。どうしてか? 疑問。質問。答えは、応答は、僕の中に探す。
「あなたを泣かすように、そう言われたんだ。僕にわかることはそれだけ。ここが何処で、僕が誰で、あなたが誰なのか、なにもわからないけど、ひとつだけ、するべきことがわかっているから。だから、それをする。よろしく」
 僕の内側の水分に、声の波紋が広がって、消える。消えてしまうとひどく落ち着かない気分になる。なにか、なにか、声を聞かせて。
――私は泣いたことがないの。私は、きっと泣けない女なのよ。だから、ね、時間が無駄になるだけ。他の誰かを探す方がいいわよ。
 女の人の言葉の音、ひとつひとつが波紋になっていく。前の音に次の音が追いつけないまま、何処かに吸い込まれて消えた。他の誰かを?
「僕にはあなたがいるから、他の誰かを探すことはできない。あなたが泣くまで、僕はあなたを泣かせるためになにかをし続けるよ。ごめんね。僕は他の誰かじゃなくて、あなたを泣かせるんだ」
 自分の言葉も、ひとつひとつが波紋になって僕の内側から外の何処かへ消えていった。さぁ、泣いてもらうよ。僕のするべきことはそれだけなんだから、あなたが泣けない女だって、そんなことは知らない。
――泣いてあげたいと思う。泣いてあげられたらどんなにいいだろうって思うわ。でもごめんなさい、きっとできそうにない。あなたがなにを私にしても。
 頑固な人だ。でも、僕が唇を動かさずに、喉を絞らずに語る声が聞こえているのなら、僕にはなんにも怖がるものがない。
「押入れの二階に隠れて待ってたのに、あなたは遅くまで帰って来なかった。泣き疲れて押入れで眠る僕を、あなたは泣きながら探した。二人でワンワン泣きながら、食べた焼き鳥は冷めちゃってたね」
――私には、イタズラに驚いてあげることができない。
「幼稚園の親子お店ごっこで、八百屋さんのあなたがイチゴを僕にすすめたけど、僕はもうコマやシールに作りもののお金を使いきっちゃってたから、『もうお金ないよ』ってあなたに言った。あなたは笑ってたね」
――私には、折り紙のイチゴを買ってもらうこともできない。
「水泳のゴーグルがお兄ちゃんのお下がりの透明のやつでカッコ悪いって踏みつけて壊しちゃった僕に、あなたは『新しいのなんか買ってあげない』って叫んだ。でも、次の日曜日に買ってくれたね、色付きの水中メガネはカッコよかったよ」
――私には、我儘を許さないことができない。
「体育の授業に出るのが怖くてわざとオニギリを嘔吐した朝、あなたは僕の通学鞄を持って学校近くまで行ってくれた。中学を卒業できたのは、あの日のおかげだった」
――私には、誰にいじめられているのか、訊きだすことができない。
 女の人の波紋が僕の内側の何処かに跳ね返って戻ってくる。できない、できない、できない。内側で、女の人の思いが、響き続ける。いや、できる、できる、できる。あなたは、泣くことが、できる。僕にはわかる。
「彼女のお腹に僕の子供ができたとき、彼女の親御さんの罵声の中で、あなたは頭を下げ続けた。僕はあなたにあの日初めて殴られたんだ。全然痛くなくって、それが余計に悲しかった」
――私には、分別を教えてあげることができない。
「式に参列してくれなかったことをネタにするとあなたは僕と彼女の子供の耳を塞いで、『もう許して』って言った。わかったよって僕は言ったけど、嘘だ。許していない」
――私には、結婚式に参列してやることもできない。
 できない、できない。女の人の声の波紋が僕の内側に満ちていく。
「泣けそう?」
――泣けない。私は泣くことができない。
 泣くことができない。泣くことができない。さっきまで僕の内側で満ちていた音の波紋を追いだして、泣くことができないだけが満ちていく。
 いいや。あなたは、泣くことができる。できる。
「病室で、僕はあなたの手を握ってた。なにも言うことができなかったのは、僕が泣いたらお終いだって思ってたからだ。あなたを送った夜に、僕は一人風呂に潜って泣いた。タオルであぶくを作ることを、なんでタコさんって言ってたのかなあの人はって、そんなことを思いながらね」
――私は、私は、あなたになんにも、なにも、泣くことも、でき、泣くことも、私は、……。
「僕はあなたが大好きだったんだ」
 涙。
 女の人の涙で、世界が満ちたら、僕はめくられた世界で、産声をあげた。
 


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン