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紅茶愛好家さん

他所でも別名義にて活動中です。 作品書いては毎度家族に読んでもらってます。面白い作品が書きたいなあと試行錯誤中。作風は真面目なのからふざけたのまで色々書こうと思っています。

性別 女性
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佐倉タクシー回送中

18/03/05 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 紅茶愛好家 閲覧数:287

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金曜の夜、街にネオンが灯る頃、飲み屋街から少し離れた電車通りで一台の佐倉タクシーが停車していた。乗務員は立花勝五十四歳、勤続二十四年目になるベテランドライバーだ。立花はその時ラジオでプロ野球の中継を聞いていた。五回と三分の一でピッチャーが失点をし、ランナー一塁二塁で打席は四番、ドルフィンズがピンチを迎えた時だった。ドアをコンコンコンとノックする音がする。思わず聞き入っていた立花はドキリとして後方のドアを振り返った。眼鏡を掛けた初老の陽気そうな男性が手を振っている。小さく「乗せてください」と聞こえる。ドアを開けると外気と町の喧騒が飛び込んでくる。
「やあ、助かりました。遠くから歩いてきたんだけどもう足が棒だよ」
「それはそれは。で、どちらまで?」
「西雲町の菜園場団地まで行ってくれますか?」
「はい、菜園場団地までね」
そう言って車を発車させる。メーターの開始ボタンを押し、一気に加速して車の流れに乗る。それから五分ほど走っただろうか。黄色信号に引っ掛かり信号待ちをしていると男性が口を開いた。
「運転手さん、物は相談なんですが……」
「はい?」
「実は私……」
「私?」
「追われてるんですよ」
「えっ?」驚いてバックミラーを確認する。
「飛んで一つ後ろに白色のワンボックスカーがいるでしょう。それに追われているんです。すみませんが適当に走って撒いてくださいますか?」
「はは、面白いですね。お客さん芸能人か何かですか?」そう、愛想笑いをするが心中は穏やかじゃない。一度そういう客を乗せたことが有るのだが右に行けだの今度は左だの、とろい車はそら追い越せだの散々だった記憶がある。すぐに降ろそうと思ってそっと左行きのウインカーを出すと男性が慌てた。
「ま、待ってください! お代は弾みます。どうか降ろさないでください」
「けどねえ、お客さん」
「人助けだと思ってお願いします!」
「困ったなあ……」
そうこうしているうちに信号が青に変わる。戸惑っていると後ろからクラクションを鳴らされたので取り敢えずはそのまま走行することにした。
ライトが反射して見えづらかったが右左折の度に確認すると白い車はしっかりついて来ているようだった。この男性は何をしたのだろう、何から逃げているのだろう。ふと疑問に思い尋ねた。すると男性は腹を抱えて笑った。
「不倫相手の旦那ですよ、包丁を持って追いかけて来ているでしょう?」
後ろの車が右折のレーンへ行き白い車がすぐ後ろにつく。目を疑ったが確かに出刃包丁を握りながらハンドルを捌いている。顔が、かあっと熱くなり背中にそっと冷や汗が流れる。
「暑くなってきましたね、冷房でもかけましょうか」
ただいま二月、真冬の真っただ中である。
「僕もね、この歳になってこんなことしたくないんだけれど仕方ないよ、こうなっちゃったんだから」
立花は思わず男性の笑顔をつぶしたい衝動に駆られる。
怒っていても仕方ないので冷静に努め前方を確認する。道幅の広い直進と小さな左折、中くらいの右折がある。立花は瞬時に中くらいの右折を選択した。「つかまっててください!」そう言って減速せぬまま弧を描きながら右折する。いつもの慣れた道だ、勝手は分かっている。カーブで白色の車を突き放し、彼らの視界から消えているうちにわき道に入り疾走した。小さな一方通行の道、対向車が来ないことは分かり切っている。突き当りを折れてすぐ急ブレーキをかけ停車しライトを消して息を潜めた。じっと待つが追ってくる車はない。
「ちょっと見てきます」立花はそう言って車を降りた。
閑静な住宅街で、動いている車はおろか歩く人の気配さえない。近くに公園がありそこまで歩いたのだが大丈夫そうだったのでそこで引き返した。
「撒いたようです」そう言って運転席に身を滑り込ませるが返事がない。振り返ると男性はいなくなっていた。
「くそっ、やられた!」
舌打ちしてハンドルを叩く。その怒りに答える者なく、静かに住宅街をタクシーが走り去った。


「店長、戻りましたー」
店に戻ってきた店員の顔は疲労に満ちていた。
「おう、お疲れどうだった?」
「あの親父タクシーに乗って撒かれましたよ。河ノ瀬の交差点過ぎたところで見失って」
「無銭飲食なんて気が知れねえな」
「そうですよ。いざとなったらこいつでドスッと刺してやったんですけどね」そう言ってずっと握りしめていた包丁を板場に戻す。
「でも、あのタクシーの運転手も災難だったでしょうね。乗せたって報酬がもらえないんだから」
「ああ、違いねえな」
「今度来たらただじゃ置かねえ」
「あはは、もう来ねえよ」
「ですね、あはははは」


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