1. トップページ
  2. オニオン・テロリスト

冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

投稿済みの作品

0

オニオン・テロリスト

18/03/05 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:339

この作品を評価する

 毎週日曜日、賑わう公園の一角で繰り広げられるのは、個性豊かなパフォーマンス。ジャグリングあり、道化師あり、パントマイムあり、技を競って客を楽しませるために、誰もが小さな舞台に胸を張って立っている。
「どうも―っ、こんにちは!イケメンパフォーマーの翔です。何、イケてない?大丈夫ね、イケてないのは顔だけやから。これが、とっておきの技見たらイケてる思えてくるんやで、催眠術かかって」
 観客席から笑いが漏れる。
 大入りとまでは行かないが、客足は上々。
 今日もやるか。翔は自分の頬を叩いて気合を入れた。
 安物のCDラジカセから流れる音楽が、観客二十数人の舞台を盛り上げる。
 まずは派手に連続バク転を決める。これは序の口、クライマックスの大技に向けて期待値を上げてゆくのはパフォーマーの腕の見せ所だ。
 彼を指さし、拍手をしながら休日の親子連れが微笑む。
 翔も笑う。
 舞台の上は、生きるのに最高の景色が見える。
 もう実家には、長い間帰っていない。


 ……翔の父は大学病院に勤めていて、難しい執刀をこなす名医と評判だった。ただ、天賦の才と引き換えに感情を失ってしまったようで、家にいる時でも、にこりとも笑うことのない厳格な男だった。
 ただでさえ好きでなかったのに、父には奇妙な性癖があった。
 時折ふらっとスーパーに行き、ビニール袋一杯に玉ねぎを買ってきては、家族が寝静まる夜中に台所で大量に刻むのだ。
 普段メスを持つ手に包丁を握り、泣きはらした目で一心不乱に玉ねぎをスライスする父の姿は、子供心に恐ろしげであった。食卓に山もりの炒めた玉ねぎが登場するたびに、重苦しい沈黙が家を支配して息苦しかった。
 そんなこともあってか翔は成長すると、事ある毎に父と衝突するようになり、高校卒業と同時に飛び出すように家を出たのだ。
 後悔はしていない……だが、結果を出さなければ何もかもが無駄になる。イベントに出演するだけでは稼げず、アルバイトの合間に小さな舞台で日銭を稼ぐ毎日が続いた。
 好きなだけでは食っていけない。そう思い知らされるが、翔はまだ夢にしがみつく体力だけはあった。


 パフォーマンスのフィナーレが近づくと、複雑に高く積み上がった椅子の上へ、翔は注意深くよじ登る。
 崖よりも崩れやすい、脆いバランスの頂上へ。
 ハラハラするのは観客だけでいい。
 上りきったこの一瞬に、夢を掴む。
 翔は椅子の頂上で、逆立ちになってみせる。それから、ゆっくりと左手を離し、L字型にポーズを決めた。
 ……驚きの声と拍手の雨が、翔の胸を心地よく打つ。技が決まり、自分自身が感動している最中に、多くの人が共有してくれる。大人になって知った喜びだ。
 しかし、それだけでは終われないのも大人というもの。
 全てのパフォーマンスが終わり、翔はシルクハットを逆さにしてお客に差し出した。こうして「ありがとう」の言葉と共に、客が投入するいくばくかのお金が、翔の夢を明日も生きながらえさせる。


 今日は、なかなかいい収入だったな。お札が二枚も入ってた。スーパーの特売で買ったインスタントラーメンを袋一杯に提げて「やった! 食費が浮いた」と翔は帰り道に一人呟く。
 しかし、意気揚々として帰宅したアパートの扉の前に、見慣れぬ段ボールが置いてあって、翔は首を傾げた。
 重そうな箱を開けてみて、翔は「うわぁ……」と口をへの字に曲げて頭を抱える。

 箱一杯の、玉ねぎの山。
 嫌というほど玉ねぎを食した、幼少の記憶がよみがえる。
 父だ。父が、ここへ来たのだ。
 それ以外に、どこの誰がこんなヘンテコなことをするだろうか?

 一緒に写真が入っていて、いつ撮ったのか、翔のパフォーマンスが映っていた。
 昔聞いた、母の言葉がぼんやり浮かぶ。『今日はね、親しい患者さんが亡くなったんやって』……鋭敏な精神が擦り切れて感情の表現が分からなくなった父にとって、玉ねぎを刻む儀式は、唯一涙を流す方法だったのだろう。
 一方的に送り付けられた爆発的な父の感情は、翔にしか解けない暗号のようなもので、それは一つの愛情の形であると今なら思える。
「……困るやないか」
 翔は、照れ臭さを隠すように顔をしかめた。
「玉ねぎで嬉し泣きされてもなぁ。笑ってもらうのが仕事やのに」
 手紙もメモも置いていかない不愛想な所がいかにも父らしくて、玉ねぎを剥いてもいないのに翔の目から涙が零れた。
「あかん。俺も失敗や」
 心のバランスがぐらついて、泣き笑いになる。
 父から受け取った、玉ねぎ一ケース分の感動。食べつくすまでに涙の処理に苦心しそうだがそれも悪くない。
 翔はスマートフォンを取り出し、実家に電話をかけた。

 父さん。いっぱい喋ってくれよ。
 心は、乱暴に揺さぶったらしんどいだけや。いつでも俺が話を聞くからさ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン