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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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しかえし池の大鯰

18/03/05 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:4件 クナリ 閲覧数:363

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 江戸の夜は深い。
 であるから、やや甲斐国に近い方へ江戸を外れた、広い森と深山を望むある村の夜は、いよいよ暗かった。

 与三次と甚太は幼馴染だった。共に三十路を数える。
 この日二人は山の中へ入り、与三次はつぐみ、甚太はキジを狙ったが、獲物のないまま日が暮れた。
「甚太、暗いが道は分かるか」
「確かこの道を上ると池があって、そこに寝泊まりできる小屋もあったはずだ。ところで与三次、俺の山刀を落としてしまった。下生えを払うから、お前のを貸してくれないか」
 二人はそれから、黙々と歩き続けた。すると朧な月明かりの下、どうやら目指す池が見えて来た。
「甚太、あれは、しかえし池じゃあるまいか」
「何だ、それは」
「池の中に、身の丈二三丈の大鯰がいるというんだ(一丈は約3.03m)。憎い輩をここへ連れて来て池へ落とせば、大鯰が現れて、そいつを丸呑みにしてくれるというのだ」
「三丈の鯰が住める池などあるまいに」
 二人の目の前に、ようやく池の端が見えて来た。この時、与三次の耳には、何やら甚太ががさごそやっているのが聞こえた。
「ところで、与三次。お前、お豊を夜這いしたな」
「何を言う」
「嫁入り前のお豊を襲って、手ごめにしたな。とても周りにそれを打ち明けられずにいたお豊につけこんで、うまうまと嫁にしてしまったよな」
「甚太、お前それを誰から」
「俺がお豊を好いていたのは知っていたはずよな。お豊もそうだった。お陰で、俺は今も独りだ」
「それは、……いや、しかし今は、お豊はいい母親をやっている……」
 二人は池に着いた。小さくはないが、大きくもない池で、三丈の鯰は住めそうにない。そして水べりにいくつか、きらきらと光るものが見えている。鉈、包丁、ドスなどの、それらは全て刃物だった。
「与三次、お前の言う通りここはしかえし池だ。ただし俺が思うに、不届き者を殺しているのは鯰なんかではない。そこらのヤッパを携えてにっくき敵とここまで連れ立って来た、俺のような男だ」
 与三次は、甚太の目に燃え上がるような、復讐一色の殺意を見た。
 しかし同時に、どうでもいいようなことが気になった。甚太の言うような目的で、人里離れたこの場所に来る者は確かにいるのかもしれない。しかしそれなら、なぜ殺人者たちは、わざわざここに武器を捨てたのだろう。しかも、どれも血で汚れた様子もなく光を放っている。
 そんな与三次に構わず、甚太はキジ撃ち用の火縄銃を構えた。早合を使い、既に着火もしている。
「甚太。お前がキジを、俺がつぐみを捕ろうと言ったのは銃のため……」
「そうだ。山刀ももらったな。そら、つぐみ捕りの網で抵抗してみせたらどうだ」
「待て、今更俺を殺したとて」
「取り返しはつかんな。なら、気ぐらい済ませろ」
 問答しながら、与三次は何度も、甚太に飛びかかろうとした。しかし甚太がまるで隙を見せようとしない。
「甚太、後生だ」
「なら、入水しろ。俺も是が非でも撃ちたいわけじゃない」
 すぐに撃ち殺されるよりはと、与三次は真っ黒な水の中に頭まで入った。
 暗い水中で死の恐怖にかられると、水底の暗闇が一層恐ろしくなった。今にも得体のしれない巨大な生き物が奥底から現れそうで、気が気ではない。
 果たして、水べりでは、甚太が火縄銃を構えていた。与三次が頭を出せば一思いに撃つために、水面に目を凝らしている。
 背後から響く、何かを引きずるような物音に、そんな甚太が気づいた時には、もう遅かった。
 甚太は振り向いた。
 暗闇よりもなお黒い、巨大な――三丈ほどの――小山のような影が、目と鼻の先にいた。爛々とした両目と、牛蒡のような髭が四本ほど揺れている。
 甚太は影に向かって引き金を引いた。どんという音が響いたが、影はひるみもしない。
 山刀を抜きながら、甚太は悟っていた。三丈の巨大な何物かは、こんな池には住めない。しかし雄大な森と、いと深き懐を持つ深山ならば、あるいは。こいつは、陸に生きているのだ。
  ぬるぬるとした不定形の影がぱっくりと開いた口に、甚太はひと呑みにされた。その影が、ぷ、と山刀だけを吐き出して、水べりには刃物が一本増えた。
 その様子を、苦しさに根を上げて水面から顔を出した与三次が、呆然と見ていた。
 ふと、その足に何かぬるぬるとしたものが絡みついた。こんな時に水草かと思った時には、与三次の体は水中に引きずり込まれていた。
 深く暗い水の奥で、二つの目が光っている。六本ほどの髭も揺れている。
 それで、与三次も悟った。
 ――この池は、三丈の大鯰には狭すぎる――
 ――ここは、飢えた獣や銃を持った人間が入り込むことのない、子鯰の餌場だったのか……――
 すぐに溺れた与三次の意識が、水中で消えた。
 子は、親に倣うように、無力な人間の体を黒い口の中に呑み込んでいった。


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このストーリーに関するコメント

18/03/05 黒谷丹鵺

拝読いたしました。
恨みを晴らすつもりが自分もこんなことになるとは……人を呪わば穴二つと言いますが、呪いでなく復讐もまたこのように誰も幸せになれない結果を招くものかもしれませんね。人の思惑など全くかまわず貪欲に喰らって生きる鯰の親子の方が、生き物として真っ当なような、そんな気がしました。

18/03/06 クナリ

黒谷丹鵺さん>
恨み晴らさずにおれない人情も、決して無敵ではない……どころか、その人の脳みその外では特になんの影響力も自然に対して持たない悲しさみたいなものがあるんですよね。
自分の作品には「正邪関わらず、妖怪に関わるとろくな目に遭わない」というものが多い気がするのですが、人間の事情が意味をなすのは人間にだけ、と思っているのかも知れません(^^;)。

18/03/07 浅月庵

クナリさん
作品拝読いたしました。

殺人者たちの武器がなぜ綺麗なまま放置されているかが
自然と終盤で明かされ、さらに池には小鯰が待ち構えており、
与三次も助かることなく呑み込まれてしまう、、、
オチが鮮やかで面白かったです!

自分は時代物の小説を書くことがほぼないので、
参考にさせていただきたいと思うほど
時代背景の雰囲気が伝わってきて、良い作品だと思いました。

18/03/08 クナリ

浅月庵さん>
ホラーで、「ちょっとした謎(今回だと刀)→解明したけど一段落ではなく更なる恐怖」、ていうの好きなんですよね。
そして自分のホラーはたいてい皆不幸になる気がする(^^;)ので、自分らしいホラー作品になったと思いますッ。
時代物は、台詞ひとつ、背景ひとつ描写するにもこだわりすぎると疲れるので、なかなか大変です(^^;)。
コメントありがとうございました……!

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