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浅月庵さん

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エスカレーターステップを転がりたい

18/03/05 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:3件 浅月庵 閲覧数:529

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 ◇
 ぼくみたいなクズは善良な人間と同様の幸せを掴んでいいはずないのに、二年前にあっさり結婚をして、ぼくたち夫婦の間に子どもが産まれた。その幸福感はかつての罪を忘れさせるほどの、強烈な痺れとなって全身を駆け巡り続けている。

 ーーただぼくは、今なお反射的に“エスカレーター”を避けていた。黄色と黒の流れるステップは、踏切やトラロープと同じ色で、ぼくに警告を続けている。

 ◇
 高校生の頃、ぼくは仲間たちと飲酒に喫煙、窃盗をいっぺんに鍋へとぶち込んで煮込むような生活を送っていた。今日も懲りずに、行きつけのデパートに足を踏みいれる。

「今日はなににしようかねぇ」
 キヨマサは気怠そうに言うと、ガムを風船のように膨らませた。
「……お菓子とか?」
 ぼくが小さく呟くと、他の仲間たちが笑った。
「そんなんじゃ金にならないっしょ」
「金?」
「ユキノリもさぁ、このしけたデパートでただモノをパクっても、つまんないと思わね?」キヨマサの問いにぼくは黙って頷いた。「だったらさ、現金化できるもんゲットして売って、それで風俗行こうぜ」
「えっ? 風俗……」
「ほら、走れ! 二階行くぞ」
 そう言ってキヨマサとカイキとグッチがダッシュする。反応の鈍いぼくは、数秒遅れて駆け出す。エスカレーター。ステップを二段飛ばしくらいで駆け上がる。三人の背中が遠のいていく。格好つけのために無断で履いてきた父親の革靴が走りにくい。サイズの合っていない、背伸び分だけ余った爪先が、ステップのせり上がった腹の部分に蹴り当たる。ぼくは体勢を崩し、仰向けのまま宙に浮いた。「バカ!」と叫ぶキヨマサの声が鼓膜を震わせる。天井のライト。世界が回転する。

 ーーそして暗転。

 ◇
「ユキ、そろそろ買い物行くよ」
 休日。ぼくは朝から自分の子どもとじゃれ合うのに忙しくて、妻と食料品の買い出しに行く予定をすっかり忘れていた。
「車出すよ」
「私が運転するから。今日はユキがむーちゃん抱っこしたら?」
「いいの?」
「ちゃんと抱っこひもつけてね」
 いつもはぼくがパンパンのレジ袋を持つ役割だったのだけど、今日は選手交代。
 ぼくは車のなかでむーちゃんの頭を撫でながら、その体温に愛おしさを感じている。

「あれ、いつものスーパーじゃないんだ」
「あそこ品揃え悪いからさ、大きいとこ行こうよ」
 そう妻に言われ二十分かけて辿り着いたのは、三階建ての大型複合施設。ぼくたちは人混みのなかを歩き始めた。

「今日の夜ご飯なににすんの?」
「まだ考え中。お腹空いたからさ、二階のフードコートでなんか食べようよ」
 そう言われてぼくは、妻に押し出されるように、軽く背を叩かれる。

 ぼくの足元に、黄色と黒の警告色が現れた。

 ◇
 あの日ぼくはエスカレーターを、大怪我必至の速度で転がり落ちた。
 それなのにぼくは、後ろに乗っていた一人のお爺さんを意図しない形で巻き添えにし、クッションにすることで、自分の命を長らえることとなったのだ。
 
 ……お爺さんは後頭部を床に強く打ちつけて亡くなった。

 そこでぼくはそれ相応の罰を受ければいいはずなのに、仲間たちが「ユキノリは貧血で立ち眩みしたんだ」と、最もらしい理由をつけて証言し、それに加えてぼくは“未成年という特権”も持ち合わせていたのだ。

 ただ、罪を卑劣に捏造してぼやかしても、ぼくがひと一人を殺した殺人犯であることには変わりない。ぼくたち家族は逃げるように住み慣れた街を出て行ったのだけど、どこにでもあるこのエスカレーターを見るたびに、遺族たちがお爺さんの葬式で見せた、鬼のような形相が頭に浮かんで離れないのだ。

 ◇
「後ろつっかえるから早く乗って」
 妻の声でぼくは、反射的にエスカレーターのステップに足を乗せた。

 ぼくなんか生きている価値のない人間だと、ずっと思っていたのに、二人の存在がぼくを現世に繋ぎ止める。過ちをなかったことにしようと振る舞うために、ぼくはエスカレーターを避け続けていたのだ。狡くて非道くて最低な人間だ。

 だけど、今ぼくの胸にはむーちゃんがいて、後ろには妻がいる。
 ぼくはなにがあっても、きみたちを巻き添えにして不幸のどん底へと転がり落ちるわけにはいかないのだ。

 ......ただ万が一、ぼくが妻にもむーちゃんにも見捨てられ、どうしても人生に生きる理由を感じられなくなったとき。
 そのときに限り、一人きりでエスカレーターに乗るぼくを、お爺さんの遺族たちが上で待ち構えていればいいのに、と思う。そのままぼくはあなたたちに蹴り飛ばされ、あの日みたいにエスカレーターステップを転がり落ちればいい。誰にも迷惑をかけずに死ねたらいいのにと、都合の良い復讐を願っている。

 ーー今が、どうしようもなく幸せであるが故に。


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このストーリーに関するコメント

18/03/05 文月めぐ

拝読いたしました。
「エスカレーター」を舞台にした設定、面白いと思いました。エスカレーター、私までトラウマになってしまいそうなほど、リアルに描かれていました。
復讐を願っている主人公ではありますが、事件を起こしてからはつらいことも多かったはず。彼には幸せな人生を送ってもらいたいものです。

18/03/05 浅月庵

文月さん
早速のご感想ありがとうございます。

エスカレーターに乗るたび、このまま転がったら
大変なことになる、もしくは上の人が転んで落ちてきたら
怖いなぁというのをずっと考えていたので。
今回そんな妄想を物語として昇華してみました!

18/05/09 光石七

拝読しました。
エスカレーターでの事件と主人公の罪悪感、苦悩などリアルでした。
都合のいい復讐を願う主人公、最後の一文が胸に響きますね。
素晴らしい作品でした!

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