1. トップページ
  2. 飛べば終焉。飛ばねば百億。

ヤヤさん

フリーゲーム制作の傍らにもそもそ活動しております。

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

飛べば終焉。飛ばねば百億。

18/03/04 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 ヤヤ 閲覧数:242

この作品を評価する

 例えばの話をしよう。君の目の前には崖がある。それも深くて暗い、底があるのかどうかもわからぬ崖である。
 君はその崖を前、問いを投げ掛けられるだろう。悩むことすら億劫になる、ひどく簡単な問いかけを。

「飛べば終焉。飛ばねば百億」

 さあ、どうする──?



「──飛ばないで百億もらう」

 目の前の男はそう言った。真剣なまでの眼光には、金銭に目を眩せる、獣の姿も垣間見える。単純的とも言える思考回路は、いやはやなんと、面白いことか。
 当然の反応。当たり前とも言える答え。しかしそれは『真の答え』となりえはしないと、問いを投げた者は首をかしげた。本当にそれでいいのかと、僅かな疑問を抱いているようだ。

「飛ばない、を選ぶのか? 本当に? 後悔は?」

「あるわけないだろ。そんなことより金だ金。この世の中、金があればほとんどの悩みは解決する。悩みなき幸せを噛み締めるためには金が必要ってことだ」

 鼻高々に語る男は、黙りこくった質問者に笑みを浮かべた。嘲笑的とも言えるそれは、浅はかにも他者を蔑むようなものである。

「何度だって言うぜ。俺は飛ばない。だからほら、よこせよ。お前の言う百億とやらを」

 片手を差し出し催促を一つ。嬉々として促す男に、その身を硬直させるように固まっていた質問者は、ようやっと動きを見せた。

 差し出された男の片手に手を重ねる。いつの間にやらシワの増えたその手からは、なぜか生気は感じられない。もはや骨と言ってもよい奇妙な手の甲に、男はあからさまな程の嫌悪を表す。
 気色が悪い。口にしないでもわかる彼の気持ちに、質問者は微笑んだ。過去を懐かしむような、優しく、穏やかな表情で。

「これは報酬だ」

 質問者は告げる。晴れ晴れとした気分と共に。

「君は俺を救ってくれた。だからお礼に、俺の持つ百億を、飛ばぬを選んだ君へと差し出そう。なに、大丈夫さ。きっと今、この時のように、何れ君にも、君の報酬を差し出す時が来るだろうからね」

 長い時間に終わりを告げるように、わけもわからず振り返る男を横切って、質問者は崖の方へ。気が遠退きそうな程の深さを持つそこを覗き見ると、ふっ、と儚げにも笑んで見せる。

「おいテメェ! なにして──」

 どこか焦ったような男の怒声と共に、質問者は空を翔けた。しがらみに捕らわれ続けたなにもかもを手放し、喜びの渦中で胸を高鳴らせながら。

 ずっと、この時を待っていた。時間という檻の中から解放される、この時を……。



 ──ふと気がつけば、真っ白な世界に囲まれていた。機械音のするその世界には、薬品の香りが充満している。
 優しい鳥の囀ずりを耳に、すっかりと重くなってしまった瞼を押し開き周囲を見やった。そうしてほっと、安堵のような息を吐き出す彼は、そこで己の傍らに、誰かが佇んでいることに気がつく。

 女性がいた。どこか見覚えのある女性が。
 驚いたように目を見開き涙を流すその人物は、文字通り唇を震わせると、恐る恐ると彼の手にその手を触れる。見ないうちにすっかりと大きくなってしまったその手には、水仕事の名残だろうか。小さな傷がいくつも見受けられた。

 あたたかいものだ。

 実に久方ぶりの、他者の温度をその身に感じ、彼は思う。それだけで生きていると実感できる温もりに、なんとも言えぬ幸福を感じた。

 今から得るものは確かに終焉。されどその終焉こそ、あの時答えを誤った魂が、喉から手が出るほどに求め続けてきたものに違いない。

「ありがとう、見知らぬ誰かよ……」

 やがて君にも訪れるだろうと、彼はゆっくりと瞼を閉ざした。

 この愛しくも残酷な終焉が。あの崖を、どうしても飛びたいという欲に駆られ苦しむ、その時が。
 それはきっと、気が遠くなるほどに長い時間の先にしかないかもしれないが、それでもいつかはわかってほしい。

これが百億を選んだ自分たちへの、最高の『報酬』なのだということに──。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン