1. トップページ
  2. 死者に遺言は届かない

クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

投稿済みの作品

1

死者に遺言は届かない

12/12/24 コンテスト(テーマ):【 携帯電話 】 コメント:0件 クナリ 閲覧数:1666

この作品を評価する

ある冬の日、心臓まひで死んだ一つ年上の兄の葬式を終え、私は遺品の整理をしていた。
式の弔問客は、兄の友人ばかりだった。今はもう私には親族は誰もいない。



片親である父は稼ぎも無ければ家にも寄りつかないというありさまで、私達兄妹はひどい貧乏の中で育った。
父はたまに家にいたかと思えば、理由の無い暴力を私達に振るった。
他に親戚もいないので逃れることも出来ず、私達は黙ってそんな生活に耐えていた。
私達が高校生の時に父が病死し、その後兄妹二人とも社会人になっても、私達は同じアパートで暮らしていた。
互いの部屋を一部屋づつ持っていたけど、二人とも半ば人間不信の様になっていたせいもあって、どちらかが恋人を部屋に招き入れる様なこともなかった。
二人とも働き出しても、共にさほど優秀な人間ではなかったせいで、あくせく働いても収入は微々たるものだった。
兄は「二人で励ましあって生きていけば大丈夫」と言っていたが、私は幼いころからの貧乏が、自分が死ぬまで続くのではないかと思うと絶望的な気持ちになった。

苦労が報われない人生に、意味などあるのだろうか。
恋愛に恵まれなかったり、何らかの才能を有していないことには文句を言うつもりはない。
でも、お金が無いのだけは我慢出来なかった。
学生の時にアルバイトをしても、いつも父の恐怖が私には着いて回った。
どんなに小さいことでも、何かの失敗をするたびに暴力による仕置きに見舞われるのではないかと思うと、怖くて体が動かなくなり、すぐにくびになった。
社会人になっても常にびくびくしていて、新しいことに挑戦する気概も無いので仕事を覚えるのも遅く、職場の知識にも乏しいまま、年齢だけを重ねていった。
当然給料はろくに上がらず、毎月の暮らしを飢えずに続けていくだけで精いっぱいの日々。
この性格は、私のせいでこうなった訳ではない。父の愛情の欠落と、暴力によるものだ。
それが今でも尾を引いて、生活を苦境に陥れられているなんて、理不尽すぎるではないか。
この生活から抜け出したいが、何の取り柄もない自分には不可能だと思い知らされるたび、私はなぜ自分だけがこんな目に遭うのだと癇癪を起しては、兄に八つ当たりをした。
そんな私を、兄は悲しそうな瞳で見つめ、されるがままにしていた。



兄の部屋で、遺品の中に、兄の携帯電話を見付けた。
解約の手続きをしなければならないが、その前に少し興味が湧いた。
あの人が良くて寡黙な兄のプライベートを、最後に見てみたくなったのだ。
メールはさすがに気がひけたので、画像を探してみる。
写真が二枚だけ、フォルダに入っていた。

一枚は、私の部屋の机の引き出しを写していた。
もう一枚は、兄の机の引き出しを写している。
私は、驚きのあまり携帯電話を取り落とした。

私のその引き出しには、ネットを通じて手に入れた、少しづつ服用を続けると心臓が弱り、やがて心臓まひを起こす粉薬が入っていた。
兄は自分の体の変調に気付いており、その原因まで突き止めていたのだ。
もう一枚に写った兄の引き出しを開けてみる。
そこには、生命保険を受け取るために必要な書類などが一通り入っていた。
兄は、私の動機まで見通していた。

兄は、誰にも言わず、私のためにひっそりと死を受け入れていたのだった。
ただせめて、万に一つこの写真を私が見付けた時には、自分が全てを察していることを伝えたかったに違いない。
私の引き出しまで家探ししたのは、私が父を殺したことと、その方法まで気付いていたからだろう。
兄に使ったのは、父に使ったのと同じ薬だった。

私は取り返しのつかないことをした。
でもそれは、私が産まれた時にはそうなることが運命として決まっていたんじゃないかと思う。
父の顔を思い浮かべる。
私は父と兄を殺した。でもそのずっと前に、私の心は父に殺されていた。
毒は人を殺せる。
でも絶望は、心を殺せる。
死人が死人を殺して、悲しくなどあろうはずがない。だから、私の心は痛んだりしない。
そう思いながら、ほほに手をやった。
それでも、せめて一筋の涙の跡でも、そこにあって欲しいと心のどこかで願いながら。

ふと見ると、兄の携帯メールのフォルダに、未送信の下書きが一通残っているのに気が付いた。
私はそれを見る勇気が出ず、そのまま兄の携帯電話の電源を切る。

自分が生きようとしているのか、それとも緩慢な心の死を重ねているのか。
それが私には、わからない。

涙は、流れていなかった。




コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン