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アシタバさん

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白い鳥

18/02/25 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 アシタバ 閲覧数:314

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 曇り空に雪がちらつき始めた。空の下には冷え切った湖があり、雪は水面に舞い降りると静かに消えてゆく。
 湖面は冷気に磨かれた鏡のようであり、その周囲に降り積もった雪は深い。冬の山野に色はなく、枯れた木々が雪に埋れまいと懸命に耐えていた。風や獣がたてる音もなく、降り続ける雪だけが時の流れを感じさせる。とても寂しい風景だった。
 湖畔には雪でつくった小さなかまくらがある。湖近くに住む村人がつくったものだ。かまくらの中で村人がひとり、じっと寒さに耐えていた。白い息を吐きながら、湖のほうをひたすらに見つめている。
 彼は湖にやってくる白い大きな鳥を待っているのだ。白い鳥に警戒されないために、かまくらをつくり、人の気配を隠していた。
 手には猟銃がある。
 いつ白い鳥が降り立ってもいいように、そして撃ち殺せるように、と、かじかむ手で握りしめていた。
 村人は猟師だった。
 猟師はすっかり血の巡りが悪くなっている。骨まで忍び寄る寒さのせいだった。彼は血の気がない頭で白い鳥のことを考えていた。
 あの鳥はほんとうに美しい、と。
 彼は子供のころからずっとそう想ってきたのだ。瞼を閉じれば簡単に思い描ける。
 蒼く透き通るような冬の空に翼をいっぱいに広げた、白い輪郭を。
 彼はこれまでの人生で何度も目にしてきたのだ。その度、まるで清らかな天女を見つめているような気持ちになったものだった。

 この湖に近い村で一生を終える者たちにとって、あの白い鳥は掛け替えのないものに違いない。
 ある者には神聖な信仰の対象であり、ある者には心酔する生きた芸術品でもあり、ある者にとっては結ばれることのない想い人のようでもあった。
 穢れを知らない純白の羽毛、艶やかで陶器のような口ばし、簡単に折れてしまいそうなほっそりとした長い脚。
 禁じられてはいなかったが、昔から、村の猟師たちはこの美しい鳥だけは狩ることを避けてきたのだ。
 この村人も同じく。その美しさに、惚れ惚れする想いだった。
 だが、村の外の金持ちたちは違っていた。
 いつの頃からか、あの鳥を喰いたい、と村に依頼をするようになったのだ。肥えた舌があの珍しい鳥の肉を貪欲に求めていた。
 当然、村人たちは強固に突っぱねた。しかし、それは最初だけだった。皆、おかしくなっていったのだ。
 目の前に見たこともないくらいの金を積まれたからだ。多額の報酬はまるで麻薬のようだった。村人たちの精神に徐々に染み込んでいき、ひとり、またひとり、と、白い鳥を狩り始めた。
 村は貧しかった。
 貧しいのに大切な家族がいた。
 こんなものではなく、いいものを食わせてやりたい、いいものを着せてやりたい、と皆が常に願っていたのだ。
 故に、彼らは努めて捨てるようにした。
 言葉にできない、あの白い鳥に対する想いを。
 たとえ、あの白い鳥が金持ちたちの舌のうえで、涎まみれに転がされても。たとえ、大切な何かが目の前で犯されているような気持ちになっても。黙ってそれを見つめるようにした。
 手に金を握って。
 この金で妻や子供達を笑顔にしてやれる。 たかが鳥のために悲しむ必要などない。なのに、何故?
 村人たちは想いの残滓に苦しんできた。
 生活は豊かになった。
 かわりに心は空疎になったのだった。

 羽のはばたく音がした。
 村人の意識が湖畔にむけられる。
 きた、あの鳥だ。
 湖の畔で酷使した羽を労わっているその姿は、相変わらず美しくて、愛おしかった。
 彼は銃を構え直し、冷たい鉄の筒を鳥へとむける。狙いを定め、手が震えが収まるのを待つと、人差し指に力を込めた。
 後悔を感じた瞬間、鋭い発砲音が湖の静寂も、彼の心も、容赦なく引き裂いていく。
 白銀の世界に血飛沫が舞った。
 崩れ落ちる白い鳥を見た。
 自己嫌悪に胸が締め上げられた。自らを撃ち殺してしまいたい衝動に駆られる。彼は力のない足取りでかまくらを出て、雪を踏みしめ歩きだした。必死に家族と報酬のことだけを考えようとしていた。
 その時、ふと空を見上げた。雪がやんでいる。
 厚い雲の切れ間から、柔らかい陽の光が差し込んでくる。光は湖の水面にはね返り、雪にはね返り、乱反射を繰り返す。
 彼の瞳が滲んだ。
 綺麗だ、と感じていた。暗かったはずの心にまで届いた気がした。そして、その光景に彼は呆けてしまったのだ。
 刹那、力を振り絞った白い鳥が、呆けた彼の隙をついて、曇天の割れた輝く空へと飛び立っていった。
 報酬のことが頭をよぎり彼は猟銃を構えた。が、それをおろした。報酬が欲しかった。それでも撃てなかったのだ。
 光りのなかへ溶けていくような飛び去る白い鳥に、捨てたはずの想いが蘇り、心が奪われていく。
 ただ、彼の、許しを請うような目だけが、いつまでも、白い鳥を捉えて離さなかった。


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