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小春日和さん

某巨大掲示板やら小説投稿サイトやらで、中長編を投稿をしています。人情に訴える話が多いです。 目指すジャンルは歴史ミステリーを含めた冒険物。

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暗闇トンネル

12/04/12 コンテスト(テーマ):第三回 時空モノガタリ文学賞【 端午の節句 】 コメント:2件 小春日和 閲覧数:4753

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「こども園の運動会でね」
妻のレイコが息子のユウを抱きかかえながら言った。
「大きな鯉のぼりの中を走り抜ける障害物競争があるのよ。今日、ユウの練習を見たんだけど、鯉のぼりを見ただけで怖がっちゃって、とてもやれそうにないの」
 4歳になるユウは引っ込み思案で臆病な性格だ。初めての子どもで男の子。将来はやんちゃだった俺のようなたくましい人生を送ってほしいとの期待を、目下、裏切りつづけている。
 レイコはそんな俺を見て、
「おとなしくてもいいじゃない」
と笑う。そりゃあ子どもとはいえ個性はあるさ。でも俺の子なんだから俺とまったく別の性格っていうのもつまらないじゃないか。
「鯉のぼり、怖いのか?」
息子に聞くと、怒ったように口を尖らせて、
「怖くない!」
と言いかえす。
「じゃあ、くぐれるな?」
約束させようとすると、
「くぐらない!」
と依怙地になる。
 何が怖いのかと想像を巡らせる。園児が入れるほどの胴体なら、一番大きな真鯉を使っているのだろう。黒い鱗にカラフルな目玉。ああ、たしかにグロテスクかもしれない。
「なんで子供の日の象徴は鯉なのかしら。空を飛ぶんだから、鷹とか鳩とか愛嬌のある鳥にすればいいのに」
レイコも同じことを考えたのだろう。ふだんは水の中にしかいない魚が空を泳ぐ。ユウにはその違和感すら受け容れがたいことかもしれない。
「子供の日っていうのは、もともとは旧暦の5月5日、つまり梅雨のさなかだったんだよ。ジメジメとした雨を物ともせずに泳ぐ鯉、ほら、そう思えばカッコよくみえるだろう」
説明すると、レイコは感心したような嘆息を漏らしたあと、
「ユウちゃん、お魚さんカッコいいね」
と息子に誘いかけた。ユウは、さっきまでの仏頂面はどこへやら、
「カッコいい!」
と同意した。

 翌日の夕飯も同じ話題だった。
「もうちょっとだったのに残念だわ。今日は鯉の口まで入れたのよね」
レイコは、またユウを膝に乗せて苦笑する。
「先生たちが励ましてくれたんだけど、やっぱり怖くなって泣いちゃったのよ」
口に入ったところで怖くなった……。鯉に食われる想像でもしたのだろうか。そう尋ねると、ユウから事情を聞いていたレイコが代弁した。
「そうじゃなくて、鯉のぼりの中が暗いから嫌だったみたい。暗闇トンネルだったんだよね、ユウ?」
 暗闇トンネルとは、前に野外アスレチックに行ったときに、俺がユウに強要した種目だった。出入口を塞いだ狭いトンネル。むきだしの土の湿った感触と一切効かない視界。まだ小さいユウには他にトライできる遊具がなかったのだ。父親として息子と触れあいたかった俺は、泣きわめくユウを抱えてトンネルを横断した。
 思えば俺の子ども時代は厳しかった。親に口ごたえすれば食事抜き、宿題を忘れれば納屋に監禁。水が苦手で水泳に遅れを取っては、よく教師にプールへ投げこまれた。
男の子ならこれぐらい我慢しろ。そう言われつづけて大人になった自分の心には、未だに癒されない傷が残る。
 俺は息子に理解者になってもらいたかったのかもしれない。同じ想いを共有し、共にそれを乗りこえていきたかったのかもしれない。
「そうかあ……。それで鯉のぼりをくぐるの嫌になっちゃったのかあ」
複雑な心境で、ユウの頭をくしゃくしゃとなでる。
「暗いとこ、怖いもんな。パパも子どものときは泣いちゃったもんな」
あのときはごめんな、と謝罪をする俺を、息子は黙ってじっと見つめた。

 運動会当日。
「ほら、あそこ」
とレイコが指さした。他の障害物を順調にクリアしたユウが、最後の鯉のぼりくぐりの前で足踏みをしている。
「がんばれ!」
俺は叫んだ。
 怖かったんだよ、俺も。行動して叱られることが。空腹に惨めな思いをすることが。閉塞な空間に閉じこめられることが。息のできない冷たい水に沈むことが。
 だからお前の恐怖もわかる。
 だけどがんばれ。乗りこえろ。傷を怖がってもいい。新しく傷を作ってもいい。
 お前には俺という理解者がいるんだから。とにかく前に進め。
 鯉の口を覗きこんだユウは、そのまま小さな体を薄暗がりのトンネルに溶かした。
「練習中は1回も成功しなかったの。パパが見てなきゃやらないって言うのよ」
妻が笑って俺を見る。
 尾びれの出口から息子の蒸気した顔が飛びだした。その目が俺を見つけて得意そうに輝く。
 魚の中でも特に鯉が男の子の節句に使われるようになった理由。それは急流をさかのぼって強い龍に生まれ変わった故事によるものだ。
 5月の風を受けてゴールする息子が、ひと回り大きくなったように、俺には見えた。


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このストーリーに関するコメント

12/04/12 かめかめ

子どももたいへんだけど、大人だってたいへんだよね。と思いました

12/04/30 ゆうか♪

初めまして、拝読させていただきました。

子供を見守る親の視線に力強さを感じ、子の 親の期待に応えようと努力する姿に、子供は成長するものだ・・と、改めて感じ入りました。
素敵な作品だと思います。

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