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伊川 佑介さん

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味のしない人生を

18/02/18 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 伊川 佑介 閲覧数:308

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「最近好きな漫画の新刊が出たんですけど、ガッカリしたんですよ」
同僚の藤崎さんが、いつものようにネガティブな話を始めた。
「二十年位前から休みがちにずっと連載してるやつなんですけど、昔は本当に面白かったんですけどね。今は作者が劣化したのか、趣味に走ってるのか、全く楽しめないんです」
ああ、あの漫画だな、と思った。が、話を広げると面倒そうなので何も言わなかった。
「僕、子供の頃から好きなバンドがいるんです。今はもう解散して、メンバーが別のバンドをやってるんですけど、その新譜も毎年楽しみで。でもここの所メンバーも歳を取って、良い曲が少なくなって。最近初めて、もう買わなくていいかな、って思ったんです」
ああ、前に言ってたあのバンドだな、と思った。思ったけれど、何も言わなかった。
「じゃあ僕が人生で楽しみにしているものって何だろう。将来これが出るんだとワクワクできるものって他に何があるだろうって考えた時、その二つが無くなると、もう何も残ってなかったんですよ」
ちょうど電話が鳴って、「蛍光灯の交換お願いします」と頼まれた。
「七階の管球交換だそうです。行きましょう」

俺が脚立を持ち、藤崎さんが蛍光灯を持った。二人無言でエレベーターを待った。乗り込んでドアが閉まった時、藤崎さんがボロボロと涙を流し始めた。
「こんなんで生きてる意味ってあるんですかね」
藤崎さんの母親が亡くなったのは二ヶ月ほど前のことだ。母子家庭で支えあってきた、生きる支柱のような存在だったと言う。それは気の毒な話だが、本人が折り合いを付けるしかない。メンヘラのおっさんは犬も食わないのである。
「結婚でもされたらどうですか」
俺は適当なことを言った。非正規で四十代のビルメンが結婚などできるはずもない。特にイケメンでもコミュ力がある訳でもない彼なら尚更のことだ。
「荻野さんは何で生きてるんですか?」
唐突に不躾なことを聞かれた。俺も彼と同じ立場の、石の下のダンゴムシのような日陰者である。生きる理由は何もない。
「生きるのに理由なんか必要なんですかね。今日も生きてるから生きるってんじゃダメなんですか」
そう答えるのが精一杯だった。いつの間にか泣きやんでいた藤崎さんが冷静に反論してくる。
「それじゃモチベーションが続きませんよ。こうして毎日面白くもない蛍光灯の交換や設備点検をして日銭を稼いで。いったい何の為に働くのか理由が必要ですよ」
「お給料が貰えるでしょう。それでパチンコでも風俗でも行ったらどうですか」
「パチンコはやりませんし、病気が怖いから風俗も行きません」
「それなら犬でも猫でも飼ったらどうですか」
「犬は嫌いですし、猫はアレルギーなんで」
チン、と音が鳴って七階に着いた。俺たちは即席の作り笑顔で謙りながらデスクの隙間を通り、オフィスの蛍光灯を換えた。換えながら藤崎さんの人生を考えて、人参が必要だな、と思った。目の前にぶら下がる人参という報酬。それを生きるモチベーションにしていくのだ。

「今日鈴木さんいましたね」
戻りのエレベーターの中で藤崎さんが嬉しそうに言った。七階のオフィスで働く総務の鈴木さんだ。丸顔に豊満な胸の持ち主で、俺と藤崎さんで好みが一致していた。しかしどう考えても鈴木さんと付き合ったりできる可能性は皆無である。そもそも既婚者かも知れないが、そんな基本的なことすら俺たちは知らない。
「こうして鈴木さんに会う為というのはどうですか。頑張って働いていればたまに七階から電話があって、鈴木さんに会えるっていう」
自分で言いながら、幾らなんでも報酬として少なすぎるなと思った。代わりに何か提案しようとしたが、全く何も浮かばなかった。
「蛍光灯の交換一回で、おっぱい一揉みくらい出来たらいいんですけどね。減るもんじゃないんだし」
何も思いつかないヤケクソで下ネタを言った。藤崎さんは何も言わずに黙ったままだった。
チン、と音がして、俺たちビルメンの待機所である地下二階に着いた。
「一生に一度でいいから揉んでみたいですね」
俺に合わせてくれたのか、藤崎さんが下ネタに乗ってきた。
「鈴木さんの胸ですか」
「いや、鈴木さんに限らず……女の人」
その歳で童貞かよ、と思いながら、これは使えると思った。
「今日仕事明けにキャバクラ行きましょうよ。奢りますよ」

外はすっかり暗くなっていた。二月の寒さが中年の骨身に沁みる。キャバ嬢に恋でもすればモチベーションになると思って安易に誘ったが、どうだろう。本末転倒だろうか。信号待ちでふと横を見ると、藤崎さんの目から一筋の涙がこぼれ落ちるところだった。何で泣いてるのかは聞かなかった。なぜか俺の目にも涙が溢れて、俺はそれを誤魔化すように藤崎さんの肩に手を回した。
「いい娘がいるといいっすね」
おっさん二人で泣きながら、夜の街に向かって行った。


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