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比些志さん

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殺しの報酬と奇しき唇💋

18/02/15 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 比些志 閲覧数:302

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今回の標的は隣国の大富豪シコースキーとその妻。奇妙なことに、二人を同時に殺すというのが元締めから示された条件だった。
報酬は1億ドル。一生遊んで暮らせる金だ。
悲運の夫人に興味を抱いた俺は、さっそく庭師を装い、怪しまれることなく豪邸の庭先に忍び込むと、辛抱強く夫人に近づく機会をうかがった。
それから数日たったある日、いつも通り庭仕事を終え帰ろうとすると、その妻が出合い頭に玄関から出てきたのだ。
「職人さん、いつもご苦労さま」
俺はランタンを手にしていたが、外はもう薄暗かったので豊かな長い黒髪の奥に隠れたその顔を垣間見ることはできなかった。しかし夫人からはランタンに浮かび上がった俺の顔がおぼろげながら見えたのだろう。一瞬だがはっきりと夫人の息を呑む音が俺には聞こえた。
「お兄ちゃん?」
俺は可憐な息づかいとともに歩みよるその美しい面差しを見て驚いた。それはまぎれもなく十年前に生き別れた妹だった。あのころはまだショートヘアの色黒の中学生だったが、真っ赤なルージュがよく似合う大人の女になっている。
俺はそのころ国境に近い離島で、父と後妻となった母とその連れ子といっしょに暮していた。その連れ子こそが妹だった。
妹は俺のことを実の兄のように慕ったが、俺は照れくささが先に立ち、いつも妹にはつらくあたった。
ちょうどそのころ海を隔てた半島の隣国では長らく分裂していた二つの国が統一された。それを契機に統一政権は、軍事力を背景に我が国との国境近くにあ
る島々をつぎつぎと占領し始めた。俺は国土を取り返すため国防軍に入隊し、幾多の戦場で勇敢に戦った。しかし母国は戦いに敗れた。俺は人心も経済も荒廃した母国を見限り、自分ひとりの腕だけで生きる道を選んだ。その結果、殺し屋になった。
俺と妹はそれからしばらく庭先で互いの境遇について語り合った。妹は俺が戦場に行ってまもなく、雪崩をうって島に押し寄せた隣国の軍隊に、家を燃やされてしまったという。行き場をうしなった母親と妹は、やがて敵に見つかり、捕らえられ、隣国に連れていかれた。母親は収容所でまもなく死んだが、妹は収容所の所長の目に止まり、その秘書になったという。それから数年後、所長の口利きで収容所の囚人を自社の工員としてただ同然で働かせていた成り上がりのシコースキーに見初められ、その妻となったのだった。
 それから何度か夫に隠れて俺たちは庭先で話をするようになった。長い時は時間を忘れて半日以上、とりとめもない昔話に夢中になることもあった。
 やがて俺は、妹に対して、単に兄としての心情以上の気持ちを抱いている自分に気がつく。
「どうかここから私を連れ出してください」と妹はいつも別れ際に大きな黒い瞳が揺れるほどに涙をうかべながらそういった。俺は決まって妹の細い肩をそっと抱きしめるのだが、心のなかでは・・巨額の報酬を手にするべきか、妹の願いと愛を受け入れるべきか?――クライアントからの催促が再三元締を通じてもたらされるにつれ、俺の悩みはいよいよ深くなった。
しかし、俺はついに決心した。シコースキーを殺してから、妹を連れて逃げようと。クライアントの要求を完全に満たすことはできないにせよ、いくばくかの報酬にはありつけるだろう、そして国に帰ったら妹といっしょに故郷の島でまた漁師でもやるか、などとふやけた夢想におぼれたのはまったく今考えても俺らしくなかった。
 やがて俺はシコースキーの殺害に成功した。800メートル以上の距離があったが、寸分の狂いもなく一発で眉間を仕留めたのは我ながら見事というほかない。
 ・・しかし妹は俺についてこなかった。面倒な説明は抜きにして、結論から言おう。クライアントは妹だったのだ。正確にいえば、クライアントはシコースキーと妹だった。それぞれが別々のターゲットを別々の報酬額で依頼した結果、二人が標的になったというわけだ。ではどうして二人同時に殺した場合に、俺に報酬が払われるのかっていうと、シコースキーが死ねば、妹がその遺産を相続するが、妹も死ねばその唯一の血縁者である自分が相続人になる、という最初から俺と妹との関係を知ったうえで仲介した面倒くさがりで食わせ者の元締がいかにも考えつきそうなからくりだった。
 しかし思惑どおり、夫を殺し遺産を手に入れた妹には、もう俺と国へ帰る理由などなかった。俺は去り際にもう一度妹を抱きしめようとしたが、大富豪となった妹は気品に満ちた表情で俺の腕をかるくいなした。
果たして妹の依頼額はいくらだったのか?――せめて1億ドルの三分の一ぐらいは貰えると期待していたが、数日後、元締から送付された小切手には妹のキッスマークだけがついていた。俺は苦々しさと甘酸っぱさを赤ワインといっしょに飲み干してから、ただ、妹の幸せを祈ってその小切手にキッスをした。了


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