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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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小説少女と殺人少年

18/02/12 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:0件 クナリ 閲覧数:321

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 コンクリート打ちっぱなしの、無愛想な正方形の平屋に、平岡クツリは住んでいた。
 僕と同じ十七歳だが、学校には通っていない。この平屋は離れで、すぐ側に母屋があり、クツリの父親が一人で住んでいる。
 僕が、ベッドと子供用の学習机しかないクツリの部屋を訪れると、いつも最初に僕からの報告が行われる。
「今日は、高校生にカツアゲされている小学生を助けた。代わりに僕が殴られたけど」
 クツリは、原稿用紙の薄い束を引き出しから取り出して、僕の方に突き出した。今日の報酬だ。
「今回はSFなんだね」
 僕は床に座り、クツリの書いた小説を読み始めた。
 クツリは毎日のように短編小説を手書きで仕上げている。
 今日の短編は、宇宙船の中で起きた殺人事件を書いたものだった。地球から時間差で届く緊急連絡が、船内の悲劇を拡大していくという、皮肉なストーリーだ。
 僕はそれを読み終わると、「今日も面白かった」と言ってクツリの部屋をあとにした。外で待っていた従者に「お待たせ」と声をかけてやる。
 原稿用紙はいつももらっていく。だからクツリの手元には、作品が残らない。

 そんな生活が、半年ほど続いたある日のことだった。
 クツリが珍しく、僕に向かって口を開いた。
「どう?」
「今日のも面白いよ。ラブコメとは意外だった。駅で自転車をパクられたおばさんを助けた報酬としては充分だ」
「そうじゃなくて」
「え?」
「今私を殺したら、どんな気分になると思う?」
「いや、僕は君を殺さないから」
 よく寝るように言って、僕はクツリの部屋を出た。
 これが、僕がクツリと会った最後だった。

 次の日、クツリの部屋に行くと、彼女はベッドの柵で首を吊っていた。
 その横に、クツリの父親が立っている。手に持った原稿用紙を、荒々しくめくっていた。
「クツリ、死んだんですか」
「お前か、間男は。出ていけ」
「あなたが殺したんですか」
「馬鹿言え、見ろ、自殺だ」
 父親は僕に目もくれないで、クツリの遺作を大事そうに抱えた。
 僕は父親の横に回ると、両足の膝を片方ずつ、踵で踏み抜いてへし折った。機動力がゼロになった父親が絶叫し、紙束がコンクリの床に落ちる。
「お父さん、その膝じゃ四つん這いにもなれませんね。なめくじのようだ。僕の顔を見ておいた方がよかった」
 目が合った。父親の双眸が大きく開く。
「お前」
「三年ほど前に、四人殺して新聞に載りました。今も観察がついています」
 それを聞いた父親が、大きな声で助けを呼んだ。
「ああいえ、今日はたまたま嫌な予感がしたので、撒いてきたんです。さて、お父さん。あなたが、中学生でどこだかの文学賞を取って時の人になったクツリさんを監禁し、次回作を書くよう脅していたんですね。彼女は、もう長編で書くことはないと訴えていたのに」
「お前……あの無差別殺人の」
「そう、老若男女をひとりずつ殺してみました。どんな気分がするかの実験だったのですが、本当に何の感慨も湧かないというのは我ながら驚きでした。沙婆に戻ってすぐです、このコンクリ部屋からこっそり顔を出していた彼女と偶然会ったのは。クツリさんはそんな僕に『本当の人間を見せてあげる』と言いました。そうすれば、殺人について何らかの感情が湧くようになると」
 僕は、クツリの首からロープを外した。
「そうして彼女は、僕に自作の短編を読ませるようになりました。しかしタダというのも悪かったので、僕は一日一善を働いて、その報酬として読ませてもらうことにしたのです。正直、リアルで誰を助けようと何の喜びもなかった。でもクツリの小説の中には確かに、生きた人間がいた……『本当の人間』が。フフ、変ですけどね」
 父親の両手を後ろ手に縛る。口にはハンカチを詰めた。
「お父さん、彼女が短編を書いているのに気づいて怒ったんじゃないですか。そして僕との接触を禁じた。僕は今の彼女の、唯一の読み手だ。読者がゼロになるって、作家はどんな気がするのでしょうね。監禁生活は、彼女を随分壊していたし」
 クツリがひどく脆くなっているのには気づいていた。でも、できることは何もなかった。
 うつ伏せにした父親の首に、後ろから指をかける。
「感情ね、……湧きましたよ。普通、こういう風に人は人を殺すんでしょうね。あなたが実質、彼女を殺したように。怒りって怖いですね」
 指に力を入れる。
「僕は彼女が怖かった。彼女はずっと、ものも思わず人を殺した僕に怒っていた。彼女は僕を、人間にしてしまう。こんなに怖いことがありますか」
 クツリの原稿は全て残してある。出版は可能だろうか。僕が関わったとなれば評判になり、多くの人に読まれるだろうが。
 父親の絶命を確認して、僕はクツリの遺稿を拾い上げた。
 その場に座り、読み始める。
 窓の外で、太陽がゆっくりと傾いていた。


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