井川林檎さん

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18/02/05 コンテスト(テーマ):第153回 時空モノガタリ文学賞 【 報酬 】 コメント:1件 井川林檎 閲覧数:377

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 「この道は舗装されていて、まっすぐだ」

 眼鏡の女は、腕を組んで立っていた。
 みんな、疲れたら座り込んで休んだり、会話したりしている。
 わき目もふらずに歩いてゆく人もいる。

 濃紺のアスファルトは陽光に照らされ、てらてら光っている。
 広い道の両端は、ここからは見えない。だけど、道の両側は、果てしなく広い砂場が続いているのだ。
 乾いて、何もない砂漠が。

 青い空には白い雲が浮かび、流れてゆく。
 きゃははっ。
 どこかから、会話が聞こえてくる――呑気なものだ、だけどそれくらい大らかに構えていた方が、この先進んで行けるのだろう。

 
 この道中で、ちょっとトラブルを抱えていた。
 左側、少し離れたあたりに、脂ぎったオヤジが座り込み、猫なで声で女の子と喋っている。女の子たちはオヤジを仇名で呼び、会話に応じている。

 (あいつこそ道を踏み外して、砂に埋もれたらいいのに)
 オヤジは好ましい女の子には甘い声をかけ、女の子たちもそれを悪く思わない。一方で、一匹狼だったり、自分になびかない人に対しては、ずけずけとものを言ったり、露骨に差別をする。

 この道を歩く者のルールとして、お互い協力して進んで行くという義務がある。
 辛い道だけど進まなければならない、だから、するべきことをやって行こう――しかし、このオヤジは全くルールを無視しているのだった。

 被害に遭っていない女の子たちは、とりたててその件を非難しない。そんなオヤジなどどうでもいい男たちも多い。
 わたしのように視界にオヤジが入る度、苛々と悔しさや辛さを感じるのは、少数派なのだ。

 
 「地平線の向こうに行けば、みんな報酬がもらえる」
 眼鏡の女は言った。すっと風が抜ける。

 もうゴールインした人もいるのかも。焦りが込み上げるが、わたしが立ち上がる素振りを見せると、歓談している件のオヤジが嫌な目つきでこっちを睨み、「あー、抜け駆けがいる」と、女の子たちには冗談めかして囁くのだ。
 
 え、誰が抜け駆けしてるのぉ。
 女の子たちが騒ぐと、密やかな声でオヤジはわたしの名を告げる。女の子たちは、オヤジがわたしを嫌っていることを知っているから、「あー」とため息交じりに呟き、その話題に固執しなくなる。

 
 眼鏡の女は、起立して風を受けている。
 
 「皆が同じ報酬を貰うことが、君には気に入らない」
 女は言った。
 
 ずるがしこく嫌らしいオヤジも、わたしも、同じゴールに到着し、同じ報酬が用意されている。
 道中の苦痛の量など関係がない。

 全く同じ報酬――おかしいじゃないか、アイツは道を歩くルールも守っていない、姑息で、虐めていい奴を上手に見抜く――考えると更に気力が萎える。

 
 「自分に全て跳ね返ってくるといっても、君は納得しまい」
 女はまた言った。
 狡いことをした者は、例え他のまっとうな人と同じ報酬を受け取ることができたとしても、必ずなにか跳ね返りがある……。

 女は微動だにせず立ち続けている。
 太陽は強くなっている。女の足下から伸びる影はどんどん短く濃くなってゆき、その陰に隠れてしゃがんでいるわたしは、どんどん自分の逃げ場がなくなっていることに気づく。

 早く出立せねばならない。つかの間のまほろばが消える前に。

 
 影が迫ってきた。はっと顔をあげると、眼鏡の女がかがみこみ、鼻が擦れ合うほどに近いところから覗き込んでいた。
 眼鏡のガラスは透明だった。肩にかけられた手は温かくて軽い。そこから気力が流れ込んでくるようだった。

 「不平等な道と、平等な報酬。納得しろという方が無理だが、君はわたしを見つけることができた」
 すうっと女は消えてゆく。同時にわたしを護ってくれた心地よい日陰は消滅し、また炎天下の太陽が照りつけた。

 ひらっと白い羽根が目の前に落ちてきた。
 いつの間にか気力も体力も復活していた。汚い感情は未だ渦巻いていたが、もうわたしは歩くことができた。
 
 「わたしを見つけることができる者と、そうではない者。その差は大きい」
 静かな声が聞こえるような気がした。

 女の子たちは相変わらず、件のオヤジを囲んで笑っている。オヤジはわたしの気配に振り向き、露骨に嫌な顔をした。そっぽを向き、女の子たちには甘い声で、さーてそろそろ行こうか、あっちで支度を始めてるやつがいるよと言った。

 
 遙か地平線を見据えて、わたしは一歩を踏み出す。
 あそこまでいけば、報酬がもらえる。みんな平等の報酬が。

 そうだ、報酬は平等。
 だけど、どんなふうに歩くかということも、きっと重要なのだ。それを意識することで今後なにが変わるかなんて、わたしにはまだ、分からないのだけど。

 すっと涼やかな風が過ぎ、がんばれと囁かれたような気がした。


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このストーリーに関するコメント

18/02/18 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
青い空に白い雲。視界に映らぬ広大な砂場と、地平線を目指す舗装された一本の長大な道。遠く遥かな広がりを感じられる心象風景が魅力的でした。平等な報酬が不服で、『「自分に全て跳ね返ってくるといっても、君は納得しまい」』という気持ちにも共感できます。それでも、誰かの破滅を願うよりずっと前向きな一歩を踏み出した主人公の精神性が清々しく感じられました。

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