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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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神様の梅酒を飲んだ日に

18/01/29 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:345

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「昼間からお酒って、いいの?」
「孫娘の20歳の誕生日にはと決めていたんだ」
「ありがとう。今年も綺麗に咲いてるね、おじいちゃんの梅の花」

 家の縁側に腰掛ける美華は、祖父の信彦とグラスを傾けた。傍らには、去年漬けた梅酒の瓶が琥珀色の光を帯びながら鎮座していて、「家の中心は我なり」と自己主張しているようだった。
 この片田舎では、梅の木には神様が宿ると信じられている。
 美華が初めて口にするお湯割りの梅酒は、ゆったりした神様の時間が溶け込んで、豊潤な甘さが心地よい酔いを誘う味だった。


 信彦が所有する梅の農園を継ぐため、長男夫婦である両親とともにこの家へ移り住んで7年が経った。
 縁側から見える山の斜面では、手入れされた無数の梅の木が今を盛りに白い花を咲き競っている。収穫された実は、梅干しやジャム、ジュースなどに加工され特産品になっているが、祖父が最も愛する逸品は自家製の梅酒だった。
「これをグイっと一杯飲むとな、俺は神様からいのちを頂いていると思えて力が湧いてくる。一年を無事に過ごすことは当たり前ではなく、尊いことなんだよ。美華ちゃん」
 梅の実のなる6月頃、収穫作業を手伝うかたわら梅酒づくりが始まる。果肉が多い青い実のへたを取り、氷砂糖と一緒に瓶一杯に詰めていくのは、子供だった美華の役目で、宝石のようにきらきらとしたその中に、ホワイトリカーが注がれると内心残念に思っていた。
 あーあ、梅シロップの方が絶対美味しいのに。
 なんで大人は、お酒なんか入れるんだろう?
 けれど、熟成された梅酒の香りが判る年頃になると、大人になる日が待ち遠しくて仕方がなかった。両親からは「飲んべえな所はおじいちゃん似だな」と笑われたけれど、美華は今日という日を楽しみにしていたのだ。
 酒気にまどろむ美華の記憶は、どんどん過去へと遡ってゆく。
「……おじいちゃん。バニラのこと、覚えてる?」
「美華ちゃんが昔飼っていたマルチーズだろ」
 都会のマンションに暮らし一人っ子だった美華は、生まれた時から一緒だったバニラを姉妹のように思っていた。
 いつまでもそばにいて欲しかったのに。
 天寿を全うしてこの世を去ったバニラを慕い、小学生だった美華は随分泣きじゃくった。
『神様だったらバニラを返してくれるよね』
 梅の木に神様が宿る……そんな話を聞いて駄々をこねたことも覚えている。
「あの時は無茶を言ってごめんね。私……神様って、意地悪だなって思ってたの」
 何故だろうか。長い間鍵をかけていた、美華の心の扉がぱたんと開く。
「どうして大好きなバニラが、人間と同じ時間を同じように生きられないの? 不公平じゃないかしらって。私の悲しみは神様には分かりっこないんだなんて……生意気だったよね」
「それはね、幸福の証なんじゃないかな。幸福を知る者は、それが永遠でないことも知っている。房江が、生きていた頃にそう言っていた」
 美華は亡くなった祖母の房江に思いを巡らす。バニラのこと、おばあちゃんも困っていたっけ。謝りたかったな……胸が少し痛んだ。
 孫の気持ちを察してか、信彦が温和な笑みを浮かべる。
「死んだ者は、ちゃんと今も俺たちの胸の中で生き続けているだろう? それは神様が、ずっと一緒にいられるようにうまく取り計らってくれているからだよ」
 あったかい。
 グラスに入った梅酒の温もりが、心に直接触れたように。
「梅は神様のいのち、酒は心の鏡。さあ何が見える?」

 
 ふわりと、山の方からひとひらの白い花びらが舞い降りる。
 梅の花に見えたそれは、美華の掌の上で冷たく溶けた。


「雪だよ、おじいちゃん!」
「ああ」
 美華は酔いの回った瞳で空を見上げた。春を待ちわびる里山を、雪は徐々に密度を増しながら淡い色に染め上げてゆく。
「このふんわりした雪は、バニラみたいだね」
「ほら神様はちゃんと約束を守っただろう?」
 嬉しそうな祖父の冷たい手を、美華はきゅっと握る。
「ほら、そろそろ家の中に入ろうよ。風邪引いちゃうよ」
 梅の花に舞う、雪の精。
 二人は柔らかな高揚感で、梅の木の植わった山へ向かい、パンパンと拍手を打つ。
 日常を形で表すことはとても難しい。
 けれど、味わい深い梅酒の一滴に、どれだけ見えない手間がかかっているかは、飲めばたちまちにわかってしまう。
 我が家の梅酒づくりは、神様に感謝する愛情深く敬虔な行いなのだろう。


 ……縁側のガラス戸を閉めて外気を遮断すると、美華は梅酒の瓶を大切そうに抱える。量の減ったぶん、神様の梅酒は心身を芯から温めて、大人の階段を上ってゆく実感を与えてくれる。
 雪が止めば、春は忍び足でやってくる。
 良い梅が実りますように。
 そう囁く神様が、梅の木と戯れる姿を思い描いて、美華は陽気にくすくすと笑った。


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