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羽化登仙

18/01/29 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:1件 OSM 閲覧数:255

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 愛美の父親は、酒を飲み過ぎたせいで死にました。場末の酒場で安酒をたらふく胃に流し込み、したたか酔っ払った帰り道、橋の欄干に上がり、足を滑らせて川に転落し、溺れ死んだのです。
 父親が搬送先の病院で息を引き取ったという知らせを聞いて、愛美の母親は「せいせいした」と呟きましたが、愛美は大泣きしました。父親は酒癖が悪い人でしたが、酒をいくら飲んでも、一人娘にだけは暴力を振るわなかったし、暴言を吐かなかったからです。
 荼毘に付され、一条の黒煙となって昇天していく父親を見て、仙界へ向かっているのだな、と愛美は思いました。
「天にも昇る心地だ」
 酒に酔った父親は、口癖のようにそう呟きました。そして愛美に向かって、天に存在する仙界という場所について語りました。日によって内容はまちまちでしたが、共通するのは、仙界は人間がとても快適に過ごせる場所だ、ということでした。
 もっとも、具体的にどう素晴らしいかは、父親にも分からないようでした。愛美が尋ねると、父親は決まってこう答えました。
「俺は仙界には行ったことがないからなぁ」
 父親が死んだことで、愛美と母親の暮らしはとても苦しくなりました。仙界に行ってみたい、と愛美は思うようになりました。仙界へ行けば、好きだった父親にまた会えるし、現在のように苦しい生活を送らずに済む、と考えたからです。
 私も酒を飲もう、と愛美は決意しました。父親のように仙界へ行くためには、父親のように酒を嗜み、父親のようにしたたか酔っ払って死ぬ以外に方法はない、と思ったのです。
 初めて酒を口にした感想は、人間が飲むものではないな、というものでした。気分が悪くなるし、頭痛が中々治まらないしで、率直に言って最悪です。ですが不思議なことに、最悪な気分を我慢して飲み続けているうちに、名状しがたい恍惚感を覚えるようになりました。これがお父さんが言っていた「天にも昇る心地」というやつだな、と愛美は合点しました。
 酒を飲む量が増えれば増えるほど、恍惚感が強くなる上、持続する時間も長くなるようでした。愛美は学業や家事の手伝いをサボり、ひねもす酒を飲んで過ごしました。酒を買うための金は、母親の財布から抜き取ることで解決しました。
「愛美、このままだとあなたはダメになってしまうわ。お願いだから、お酒を飲むのはやめて」
 ある日、泣きながら訴えてきた母親を、愛美はビール瓶で殴りました。瞬間、恍惚感が爆発的に高まりました。
「お前が水商売に従事するのを嫌がらなければ、私の生活は楽で、酒を買う金もあったのに」
 唇から流れ出す言葉も、ビール瓶を振るう右手も止まりません。母親に暴力を振るい、暴言を吐くという初めての行為に、愛美は瞬時にして骨の髄まで魅了されたのです。
「お父さんが死んだのだって、お父さんが暴力を振るい、暴言を吐くことに対してお前が文句を言って、家で酒を飲みにくい空気を作り出したのが原因だ。この人殺しめ。今すぐに自分の臓器を売って、酒を買う金を工面しろ」
 やがて喋るのにも殴るのにも疲れたので、愛美は床に大の字になって眠りました。
 目覚めると、母親は冷たくなっていました。
「使えないババアだ」
 愛美は母親の遺体を蹴飛ばし、日本酒をラッパ飲みしました。
 収入が途絶えてからは、家に残っているお金を掻き集めて酒を買っていましたが、やがてそれも尽きました。愛美は金を盗むことにしました。老婆を狙ったひったくりは成功したかに思えましたが、たまたま犯行を目撃した通行人に追いかけられました。追っ手を振り切ろうと、赤信号を無視して横断歩道を駆け抜けようとした愛美を、大型トラックが撥ね飛ばしました。即死でした。
 荼毘に付された愛美は、一条の黒煙となって昇天し、仙界に辿り着きました。
 仙界は雲を地面にした、殺風景で広大な場所でした。快適に暮らせるとはとても思えませんでしたが、とにもかくにも歩いてみることにしました。
 しばらく進むと、何者かが胡坐をかいていました。近づいてみると、愛美の父親でした。顔が赤く、周りに空き瓶や空き缶が無数に転がっていたので、酔っ払っていることが一目で分かりました。
「お父さん、久しぶり。仙界でも飲んでいるの?」
「ああ。酒が切れたから、奴隷に持ってこさせているところなんだが――」
 話し込む二人のもとに、酒を大量に抱えた女がやって来ました。愛美の母親です。
「遅いぞ、奴隷。この能無しめ」
 父親は母親をビール瓶で殴りました。
「私の分も持ってこい、奴隷」
 愛美は母親を蹴飛ばしました。
「かしこまりました」と答え、その場を去っていく母親の後ろ姿を見送りながら、まあまあ快適に暮らせそうだな、と愛美は思いました。


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このストーリーに関するコメント

18/02/01 つつい つつ

現世どころか、仙界にたどり着いてまでも消えない人の業の深さに、どこにも逃げ場がないのかと悲しくなりました。

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