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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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雪に願いを

18/01/28 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 待井小雨 閲覧数:253

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 空から雪が降り始めた。
 ふと漂ってきた香りに、翔太はきんと冷えた外に出た。馴染みのある、よく知っている香りだ。仰向いて口を開き、雪を舌先に乗せる。
「……これ、お酒だ」
 両手を広げて雪を浴びる。その時、待ってー、と声が聞こえた。しんとした雪の日に不似合いな、慌てた様子の声だった。
「ちょっと待って!」
 声の主は小さな雲に乗り、雪に紛れて降りてきた。翔太は目を丸くする。体は手のひらに乗るほどしかなく、髪は灰と白を混ぜ合わせたような色合いだ。
「ぼくお酒を雪雲に零しちゃったんだよ、食べちゃだめ!」
 儚い見た目からはかけ離れた調子でまくしたてる。
「きみ、だれ……?」
「なんか静かな子だなぁ! もっとびっくりしてもいいんだよ?」
 驚いてるよ、と答える。
「ぼくは空で天気を操ってるんだ。久々の雪だからお酒飲みつつやるかーと思ったら零しちゃってさ、お酒の雪になっちゃった」
 君みたいに食べてしまう子がいないといいんだけど、と言う。
「あーあ、せっかくのお酒、もったいないことしたなぁ」
「たくさん零したの?」
「この辺一帯に降るくらいにはたくさん」
 少年は肩を落とした。
「……お酒欲しいなら、うちのあげようか」
 翔太の提案に少年は目を輝かせて「いっぱい?」と訊いてきた。
「いっぱい」
 少年を連れて誰もいない家に戻る。キッチンの戸棚を開けると、そこには日本酒やワインなど、色々な酒がぎっしりと並んでいた。
「全部持って行っていいよ」
「何これ最高!」
 少年は雲を広げて、いそいそと酒を詰め込み始める。ふとその手を止めて「……でも、いいの?」と翔太を見上げてきた。
「うん、お父さんが死んだから」
「……君が飲んじゃえばいいのに」
「僕は子どもだから飲めないよ。飲めたとしても、嫌いだし」
 毎日のように嗅いでいた酒の匂いを、翔太は好きではなかった。日々に染み込んで離れることのない、甘ったるい独特な香り。
「ぼくはお酒大好きだけどなぁ。ふわふわしていい気分になるもの。――あ、君たちのとこでいう『子ども』には当てはまらないから、注意とかしないでね」
 翔太は苦笑し、この少年以上に酒に執着していた父親を思い出す。けれど、その思い出は顔や姿ではなく香りで構築されていた。だから雪の香りに惹かれてしまったのか、と目を瞑る。
「お父さん、高いお酒はこうして棚に仕舞い込んで、いつも安いお酒ばかり飲んでた。結局本当に飲みたかったお酒は飲めないまま、体悪くして死んじゃったよ」
 翔太を頼ってくれることもなく、お酒に縋って生きていた。
「明日親戚が僕を引き取りに来てくれるからお酒も全部処分しなくちゃいけないんだ。捨てられなくて困ってたから、持って行ってくれると助かるよ」
 瞳を伏せる翔太の指を少年がぎゅっと掴んだ。
「――やっぱやめた」
 え、と戸惑う隙も与えずに「乗って!」と指を引かれる。その声の強さに、翔太は反射的に雲に飛び乗っていた。
 外の雪は降りやまない。雪の礫に目をぎゅっと瞑り――そして、「見てみなよ」と言われて瞳を開ける頃には、二人は銀灰の空の上にいた。
「お父さんはどの辺り?」
「お墓、なら……すぐそこの」
 と見下ろす景色を指させば、雲がそちらに向かう。出歩く人もいない、閑散とした街並みの中の墓地。
「お酒の雪を君のお父さんに降らせようよ」
 少年は酒を開けて雲に注いだ。君も、と促されて翔太も少年と一緒に次々と酒の瓶を開ける。
 洋酒の香りが漂って、何故か視界が滲んだ。……父親が嗅げなかった香り、味わうことのなかったお酒。
 ――この酒はお前が成人したら一緒に飲むんだ。
 お前は俺に似ているから酒に強いぞ、と楽しげに言っていた顔をようやく思い出した。
 いいお酒を手にしてはいそいそと棚に仕舞い込み、翔太と飲む夢を見ていた父親。安酒に縋って生きていた父は、決して酷いばかりの父親ではなかった。
 酒を飲んでだらしなく寝る姿が嫌で、その口から吐き出される匂いも好きではなくて、ストレスから逃れるために酒に頼る弱い父親が嫌いだった。
 だけどちゃんと翔太のことを見ていてくれたのも知っていたから、やっぱりずっと好きだった。
 だからいなくなってこんなにも心が空虚になる。
「……っふ」
 涙が零れた。雲に染み込んで酒と混じって雪となる。この香りに包まれて、父はどんな想いで眠るのだろう。

「お酒はさ、本当はとてもいいものなんだよ。良いことたくさん詰まった味がするんだ」
 少年は雲から降る雪を一掬い手にとって食べた。翔太も手に酒の雪を取って香りを嗅ぐ。
 香りだけでも、きっと酔える。――そしたらどんな夢を見られるだろう。
 見られるのなら、大人になる夢を。天のどこかで眠る父親と、一緒に酒を楽しむ夢を見たい――。
 翔太は雲に顔を埋めて、瞳を閉じた。


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