1. トップページ
  2. 月夜に猫の酒を飲む

待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

月夜に猫の酒を飲む

18/01/28 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:2件 待井小雨 閲覧数:270

この作品を評価する

 ほろ酔い気分で空を見上げた夜、猫が月に向かって翔けるのを見た。
 幻覚かと瞳をこすって再び見てみれば、そこに先ほどの猫の姿はない。
「何だ、見間違いか」
 息を吐くと、「いいえ」と間近で声がした。
「見間違いではありませんよ。あなたが見たのは私です」
 わたし、ではなくわたくし、と金の瞳をきらめかせて灰色の猫が言う。
「人間に見られてしまうなんて」
 猫の視線の先を辿れば、色々な毛並の猫たちがやはり月を目指して飛んでいた。
 これはだいぶ酔っているな、と頭を抑えた。猫が呆れた声を出す。
「あなたの酔いなど現実と幻を見紛うほどのものではありませんよ。――あなた普段、不思議なものはご覧にならない?」
「霊感があるのかという話か? そんなものはない。奇妙なものなど見たこともない」
 猫はふぅむ、と髭をしごいた。
「不思議なものを見る性質の方なら私たちが見えるかもしれませんが……」
 猫は俺の匂いを嗅いで、これは、と声を上げた。
「あなた、何を飲みました?」
「え……うちの戸棚にあった酒を」
 買った覚えのない酒が戸棚の奥に隠されるようにして入っていた。酔った時に仕舞い込んで忘れてしまっただけだと思ったのだが。
「これですよこれ!」
 猫は探り当てた酒瓶を嗅ぐ。あらためて見てみれば、猫の瞳と同じ金色のラベルはどの店でも見たことがない。
「よくまあ知りもしないお酒を飲む気になりますね」
「美味そうだったものだから、つい」
 今まで飲んできた酒とは全く異なる風味で、非常に美味かった。
「そもそもこれは何なんだ? 飲んではいけないものだったのか?」
「いけませんよ。とてもいけない。これは私達が作った大事なものです。最近は材料も不足して困っているというのに」
「そうとは知らずに悪かった。どう償えばいいだろう?」
 猫は「仕方ありませんね」と息を吐いた。
「付いていらっしゃい。あなたには手伝ってもらうことがあります」
 そう言って窓の外に前足を出した。落ちるぞ、と尻尾を掴もうとしたが猫は俺の手をするりと抜けて、軽やかに宙を歩き出す。
「……浮いた」
「尻尾を掴もうだなんて、野蛮な。落ちたりしませんよ。私は夜空を翔ける猫なのですから」
 そういえばこの猫は月に向かって飛んでいた。ほっと胸を撫で下ろすが、「あなたも」と手を引かれて慌てた。
「いやいや飛べない! 人間だから!」
「やかましい方ですね。飛べますよ」
「飛べない――って、うわぁ」
 ふいに吹いた奇妙な風に煽られて外に放り出されると、信じがたいことに俺の体は本当に宙に浮かんでいた。
「薬を飲んだでしょう」
「薬?」
「あのお酒ですよ。私たちは夜空を行く種の猫ですが、時折子猫の中に飛べなくなる者が出る。あれはその治療のための薬です」
 子猫用のとびきり甘いシロップですよ、と子ども味覚を揶揄される。
「あれは年に一度しか作る機会がありません。それも材料が揃わなければ作れませんが……。子猫など一年ですぐに大人になってしまう。飛べないまま成長した猫は、そのまま飛べない種の猫になってしまうのです」
 だから常備しないといけないのに、と責められる。
「月で作るのか?」
「ええ。月光と材料を……と、それはまあ着いてから」
 光に照らされて月を目指す俺たちは、地上からは星のように映るのかもしれない。
 ほどなくして着いた月の地には何匹もの猫が集まっていた。毛色は違うがどの猫も金の瞳なのは共通している。
「俺は何を手伝えば」
 問いかけようとした時、俺を連れてきた猫が「皆さん」と大きく声を上げた。
「無事に材料が手に入りました!」
 ――さあ、作りましょう――とその声が怪しい色を持って響いた。
 途端、銀の砂が俺の視界を覆い尽くした。猫たちの鳴き声が歌のように響き渡り、それに合わせて砂が生きる紗のように動く。
「さぁ、何を渡していただきましょう。あなた体かそれとも秘密でしょうか、一体何を大事に思っているでしょうね?」
 銀の紗の向こうで猫たちの瞳が強く光る。息が苦しい。砂の中、意識がゆらゆらと遠くなる……。
「あなたは何を失うのでしょうね」
 くすり、と灰色の猫が笑った。

「あれ?」
 趣味で集めている物が一つ見当たらず、首を傾げる。父親が昔飲んでいた物から友人が好んでいた物まで、酒瓶の蓋を思い出ごとコレクションしているのだが最近(昨夜……?)入れたはずの蓋が無くなっていた。
 不思議な心地のする酒だったと思うのだが……どこへやったのだろう。
「――随分と他愛ない物を大切になさっておいでだったのですね」
 どこかで聞いたことのある慇懃無礼な声に振り向くが、外には一匹の猫がいるばかり。猫はにゃあとひと声鳴いた。
 子供じみてて罪がなくて、好きですけれどね――とどこからかまた、そんな言葉が聞こえた気がした。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

18/02/17 むねすけ

読ませていただきました
夜空を行く種の猫として生まれながら飛べない子猫、の治療ための薬、それの材料に男の童心が使われるというのが寓話的で巧みだと感じました
男をチクチク責めるのが可笑しかったです

18/02/22 待井小雨

むねすけ 様

お読みいただきありがとうございます。
物腰が丁寧なのに言葉にトゲがあるキャラクターというのが個人的に好きで、今回登場させてみました。お気に召しましたら嬉しいです。
「お酒」の現実的ではない物語を書こうと考え、この話になりました。

ログイン