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葉月三十さん

葉月三十で「はづきみそ」と読みます。 日本文化と漫画が大好き。 もそもそと書いていこうと思います。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 後悔先に立たず

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グラスの音に

18/01/25 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 葉月三十 閲覧数:264

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 1月20日。
 今日がなんの日かと訊かれたら、これだと答えられる人間は俺の身内ですらきっと少数だ。
 1月20日、今日は俺の誕生日。ただそれだけ。だがただの誕生日ではない、二十歳の誕生日だ。法律上は、今日から酒やタバコが許される、未成年から成人へと移る節目の歳だ。
 しかしだからといって今日が特別な日になるわけもなく、淡々と、ただいつも通りに一日は過ぎていく。何の変哲もない、金曜日だった。
 朝起きて、お袋が作った朝食を摂り、悠長に大学までの道のりを歩く。
 大学で友人に「誕生日おめでとう」なんて言われたことはない。もうずっと、俺の誕生日を、友人の誕生日を祝ったことはない。男同士とはそんなものだ。
 そしていつものように講義を受けて、帰りにアルバイトをして、家につくのは大体深夜11時。夕飯は外で済ませたが、小腹がすく。俺はキッチンの冷蔵庫まで歩く。だが、今日はそこに親父がいた。
「お帰り、A男」
 そして、いつもならありえない言葉。何年ぶりに言われただろう。少しだけ気持ち悪さを感じる。だが、「ほら今日、誕生日だろう?」
 親父はガタン、とダイニングテーブルに瓶を置く。深い緑色の瓶だ。俺はそれを手に取る。
 ラベルには『ボジョレー・ヌーボー 1996』
 1996年、俺の生まれた年。
 唖然。あの親父がこんなものを用意するなんて、どうかしてる。俺が知る限り、親父はそんな気の利いた人間じゃなかった。
 ポカンとする俺の手から、親父はワインの瓶を奪うように取った。
「折角だから、飲むぞ」
 ワインボトルを持ったまま、親父は一旦キッチンの奥に歩く。次に帰ってきたときには、右手にワインボトル、左手にワイングラスを二個、持っていた。ピカピカのワイングラスをダイニングテーブルに置く。おそらく新品のグラスは、この日のために買ったもの。親父は椅子に座り、用意してあったオープナーでワインのコルクを器用に抜き去った。ポン!、小気味いい音がした。
「突っ立ってないで、座れ」
「あ。うん」
 言われるままに親父の向かいに座る。親父は二つ並んだ透明のワイングラスに、コポコポ、とワインを注いでいく。真っ赤より少し暗い色、つまりボルドーのそれをグラスの半分まで注ぐと、親父はワインのボトルをテーブルの真ん中に置いた。ワインボトルの先に親父が見える。
 親父はワイングラスを手に取ると、俺の方に傾ける。
「乾杯」
「あ、おう」
 俺も真似るようにワイングラスを手にとって、親父のグラスに乾杯した。
 カキン、と音が鳴る。
 それがなぜだか気恥ずかしくて、俺はワイングラスに口をつけ、勢いよく赤い液体を口に流す。そして、香りも味も楽しむ間もなく、ごくりと胃の中に押し込んだ。じゅわっと胃が熱くなり、その熱は徐々に上へとのぼっていって、俺の額と頬をポッポと火照らせた。
「苦っ」
「ははっ。A男にはまだ早かったか」
 対して親父は、まるでソムリエがするかのように、香りや色を楽しんだ後、グラスに口をつけてゆっくりとその赤を口に含み、堪能するようにじっくりと口の中で転がして、飲み込む。
 大人だ、と思った。
「覚えてるか? 大人になったら一緒に酒を飲む約束してたの」
「俺が?」
「ああ、覚えてないか。まだこんなに小さい頃だったからな」
 普段からは想像できない親父の柔和な顔。親父はダイニングテーブルより少し低い位置に手をかざし、「こんなに小さかったのにな」と笑った。酔っているのだろう。コトリ、俺はワイングラスをテーブルに置く。親父も俺に倣うようにグラスをテーブルに置いた。
「いいかA男、大人になったら酒は美味く感じるものだ。お前も、この酒が美味く感じられるような大人になれ」
 説教じみた言葉だ。普段なら言い返すか、或いは呆れて何も言い返さない。
「そうだな。そうなれたらいいな」
 酔っているのはお互い様だ。普段ならこんなことは絶対に言わない。気恥ずかしいからだ。二十歳になって、自分ではもう十分に大人だと思っていたようだが、そうでもない。
「ははは、今日は素直だな」
 ハッとする。笑った親父の顔が、俺の知るものとは程遠かったらだ。
 いつからこんなにしわくちゃになったのか。いつからこんなに白髪だらけになったのか。
 いつからこんなに、親父が小さくなったのか。
 しばらく親父の顔を見ていなかったから、今の今まで気付かなかった。感慨に更ける。同時に、何とも言えない気持ちになった。俺が大人になるということは、親父は老いていくということだ。それは当たり前で、自然なこと。だが俺は、それにたった今気づいた。俺は再びワイングラスを手に取り、今度は自分から親父にグラスを傾けた。
「乾杯はさっきしただろう」
「いいから。ほら、乾杯!」
 再び触れあったグラスたちが、キン!、清んだ音を鳴らした。


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