秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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再会

18/01/24 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:2件 秋 ひのこ 閲覧数:719

時空モノガタリからの選評

人間同士を隔てる壁には様々なものがありますが、社会的、地域的、経済的な格差(あるいは単なる区別)も確かに大きな要素の一つだと思います。思うに大衆的なものと高級なものという区別は、どちらも人間が勝手に定義づけ、意味付けしているだけであって、究極的にはどちらが正しいということはないのでしょう。「どっちだって同じように楽しめる人間」が理想なのは確かなのですが、現実的にはそのバランスをとることは難しく、二者択一あるいは排他的になりがちで、そこに内面的な葛藤が生まれがちなのだろうなあと思います。ある程度生きてくると、主人公の「私」と宮下、どちらの立場も経験し、両者に共感できる人も多いのではないでしょうか。視点にオリジナリティがあり、興味深く読ませていただきました。

時空モノガタリK

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 8年ぶりに再会した宮下は、記憶にあるよりほんのちょっとオッサン化していた。30なんて感覚としては学生の頃と大差ないが、時は確実に過ぎているらしい。
 私が選んだ人気のスペイン料理店。カジュアルだが客単価が若干高めなので落ち着いた雰囲気だ。宮下とこんなお店に入る日がこようとは思わなかった。
 サーバーに飲み物を聞かれ、宮下はメニューも開かずに「生」と応じる。
 私の胃がきゅっと縮んだ。サーバーは慣れた様子で「どういった味がお好みですか。こちらはアサヒと比較的似ています。サッポロに近いのは……」とメニューを指す。
 輸入ものばかりが並ぶ一覧を見て目を白黒させた宮下は、「あ、じゃあこれ……」と適当に指差す。私はグラスワインを所望した。最初にひと言相談したかったな、と思う。ボトルワインを考えていたのに。
「改めまして。久しぶり」
 スペイン産ビールを片手に、宮下がほろりと笑った。懐かしい笑顔だった。

 宮下とは大学の同期で、当時はよく遊んだ。卒業後、宮下は地元企業に就職し、私は東京に残り企業の秘書課に就いた。半年前にSNSでコメントを交わしたことがきっかけで、今ではしょっちゅう携帯でやりとりする。そしてついに会おう、となったわけだ。
「こういう店、よく来るの?」
 宮下がぐるりと周囲に目をやる。
「ここは初めてだけど、イタリアンとか好きでよく行くかな」
 オリーブをつまみ、ワインをくいと口に含むと、宮下がまじまじとこちらを見つめてきた。
「花木さん。随分大人になっちゃって」
「おかげさまで」
 そう言う宮下は、良くも悪くも変わっていない。何でもかんでもがつがつ頬張る食べ方も、周囲を気にせず少年のように大声で楽しげに話す様子も。

 2軒目は、宮下が選んだ。駅前にあるチェーンの居酒屋。
「あー、やっぱ落ち着くわ」
 ソファ側で腕を伸ばし、宮下はからから笑った。
「ああいう堅苦しい店、俺、駄目。なんだよあの量、小皿にちまちまと。ビールもさ、こんな小さいのにあの値段」
 その小さなビールの半分の値段で倍量つがれたジョッキを握り締め、宮下はご満悦だ。私はただ苦笑するしかない。私が良いと思って選んだお店だということ、宮下はどこまで自覚しているのだろう。
「呑むぞー。ガンガン呑みなおすぞー。エリもさ、カルピスサワー好きだったじゃん。飲み放題だしとことん呑めよ」
 呑む呑むうるさい。そんなに酒が呑みたいなら、さっきのお店で評判のワインがあったのに。
 ジュースみたいなカクテルを舐めていると、頭の裏側がきりきりと痛んだ。

 私は昔、こういう店でとても楽しめた。とても、満足できていた。

 喫煙でき、大口開けて笑える雰囲気。バイトが適当に作る料理。バイトが適当に作る、濃さがまちまちなカクテル。
 自分が、こういう店を、こういう店を求める宮下を、「下」に見ているのではないかと思うと、得体の知れない嫌気に襲われた。
 何様だ、私。
 こういう店も、ちょっと格上の店も、どっちだって同じように楽しめる人間だと、今日まで信じていた。それなのに、宮下が今日ちくりちくりと刺してくる「エリ、立派になったなあ」「なんか垢抜けたよな」「こんな店、もう楽しめない?」という言葉がいちいち図星な気がして、胸を引っ掻く。

「3軒目、行く? 俺、『鳥貴族』のなんこつ、好きなんだよな」
 きっちり割り勘した軒先で、宮下が上機嫌で伸びをする。私は努めて笑おうとした。
「今日はもう十分呑んだよ」
「えー、そうか? まだいけんじゃねーの?」
 でれでれと笑う顔は、安い酒で身体を満たした酔っ払いだ。
「私、ここからタクシー拾うけど、宮下どうする? ホテル、品川だっけ?」
 げ、タクシー? エリちゃんセレブだな。秘書は違うねえ、なんてからかう宮下を無視し、私は道路に鼻先を出した。すぐに一台が吸い寄せられてくる。
「宮下、大丈夫? 乗ってく?」
「んー、俺、『鳥貴族』でもう一杯やってから帰るわ。なんこつがどーしても食いたくなってきた!」
 んじゃ、と敬礼してみせた宮下を残し、ドアが閉まった。
 
 円満だ。
 私と宮下は、円満に再会し、円満に呑み、円満に別れた。
 『鳥貴族』で安い酒に笑い合っていたあの頃は、よく喧嘩もした。愛だの恋だのなしで成り立つ、濃い友情。
 大人になって宮下とラインしたり電話するのは楽しかったし、本音を言うと、8年の時を経てここから何かが始まることを期待していた。
 でも。
 
 ひとり暮らしのマンションにたどり着き、今頃はうるさくて臭くて落ち着かない店で、今夜何杯目かのビールを片手に大好物のなんこつを食べている宮下のことを思う。
 宮下が悪いんじゃない。宮下は、悪くない。
 ざらついた苛立ちと膨れ上がる自己嫌悪をまぎらわせるため、私はとっておきのワインを開けた。


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このストーリーに関するコメント

18/02/01 つつい つつ

男性は良くも悪くも自分のテリトリーとか大事にしがちなので、よくわかるなと思い読みました。
どちらかが無神経ならいいんですが、お互いの気持ちを察してしまう二人がつらくてせつないです。

18/02/05 秋 ひのこ

つつい つつ様
こんにちは。返信が遅くなってしまい申し訳ありません!
仰るとおり、どちらかが無神経でイヤなやつなら、ここまで罪悪感のようなものに悩まずにすみますね。
主人公のジレンマが伝われば嬉しいです。
コメントをありがとうございました。

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