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元町 杏さん

28歳OL 文学部日文出身 浮世絵が好き(特に葛飾応為が好き) 宜しくお願いします。

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ルナパークに酔いしれて

18/01/23 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:4件 元町 杏 閲覧数:428

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「言えばよかったって後悔して終わるより、全うしたいじゃない。
だってもう『私』が私として生まれることはないんだから」
今、目を閉じても思い出せる。真っ直ぐに見据えた紗雪の瞳を。


賑やかな路地を抜けた静かなバー。
カウンターの端から2番目の席。そこが俺のお決まりの席。
その右隣に紗雪が座り、紗雪を挟むように修哉が座る。紗雪は決まってルナパークを飲んでいた。
俺はいつもラムコークを。修哉は「ジュースじゃんそれ」と俺の注文を笑いながら
最初の一杯は決まってソルティードッグを頼んでいた。
大学生ながらなかなか洒落た店を溜まり場にしていたと思う。
お互いの時間を大事にして、カッコつけながら楽しむことに全力だった。
紗雪の視線の多くが修哉に向けられるのを知っていたけど、
俺は紗雪の瞳がいつか俺に向く日が来るのを待っていた。

「いらっしゃい。あれ、久しぶりだねー」
「あ、…マスター。ども」
「いつもの席空いてるよ。何年振り?もう4、いや5年くらい経つ?」
「大学卒業してそのまま地方行っちゃったから…確かにそれくらいかも知れないです」
「嬉しいなぁ。元気だった?」
「はい、なんとか」

東京出張で久々に寄った店。思い出が染み付いていて、大学を卒業してから行かなくなった。
久しぶりに開けたドアの向こう側は、あの頃と変わらなかった。
時折香る柑橘系の匂い。空気を飾るように流れるジャズ。綺麗に並べられたリキュールやウィスキー。
あの頃はいつかウィスキーのロックを頼むのが夢だった。

「はい、ラムコーク」
「マスターすごい。覚えてくれてたんだ」
「もちろん」

変わらない。マスターの笑顔はあの頃と一緒だ。

大学卒業と同時に紗雪は修哉に想いを伝えた。
けれど修哉は「俺たちが一緒になったらきっと幸せになれない」と言って受け入れなかった。
紗雪に誘われてここで2人で飲んだんだ。
紗雪は東京に残り、俺は地方へ就職が決まっていた。そうだ、それがこの店に来た最後。
あの日、紗雪は驚くほど冷静で「振られた」とだけ呟いた。
俺はその相手が誰かを問うことなく、「うん」とだけ相槌を打って、半分くらい残っていたラムコークを飲み干した。

「弱いくせに無理しないの」

初めて真っ直ぐ俺に向けた瞳は、今にも涙が溢れそうなくらい潤んでいた。
「気が済むまで泣いていいよ」とか「俺にしなよ」とか、
その場で言えていたら未来は違ったんだろうか。紗雪はどんな想いでその事実を俺に伝えたんだろう。
今となっては、もう答えはこの空気に溶け込んでしまっている。

「マスター」
「ん?」
「ウィスキー、ロックで飲みたい」
「飲めるの?」
「多分」
「そう。味がまろやかにはなってるのあるから、それなら飲みやすいかな」
「それお願いします」
「はい。・・・結構強くなった?」
「あの頃よりは」

今日はビジネスホテルに泊まる。思う存分飲むと決めてた。
社会人になってがむしゃらだった。全ては自分の成長のためだった。
でも日々、本当になりたい自分と本当にやりたいことからは遠ざかっている気がして、抗ったり時々流されたりしている。
あのとき言った紗雪の言葉が時々頭の中で響く。
もう、自分が『自分』として生まれることはない。
『全うできてる?』

「この辺もすっかり静かになったよ。来てくれる学生さんが減ったかな」
「あの頃は俺たち以外にもA大生結構来てたよね」
「あとK大の子も来てたね。ちょっと君たちと系統違ったけど」
「あのときは色んな人と話したなー」
「今も話してるでしょ?」
「話してるよ。営業職だから。でも、なんだろう、ワクワクしないんだ、あの頃と違って」

ラムコークを一気に飲み干した後、酔いが回って紗雪とどんな話をしたか詳しく覚えていない。
微かな記憶で覚えているのは、紗雪が「卒業しても時々飲もうね」と笑っていたこと。
帰る前に、紗雪が最後にルナパークを頼んでいたこと。

「はい、ウィスキーロック」
「ありがとう」
「そういえば、ちょっと前に紗雪ちゃん来たよ」

綺麗に象られた丸氷が輝く。

「2、3日前に。君の席に座ってた」

輝いた氷が、あのときの紗雪の瞳のようだった。

「もしかしたら今日も来るんじゃないかな。また来るって言ってたから」

いつかまた会えたら。何度も願ったことがある。
そして心からの願いは叶う。そう誰かが言っていた気がする。
…カラン、と鳴るドア。
ウィスキーを口に流し込んだ。そのドアの向こう側を見られなかった。

また会えたら何を話そう。どんな顔をしよう。
とりあえず、ルナパークを奢ろう。そしてお互いの話をしよう。
これからの未来の話もしよう。時間を止めたくなるくらい。
終電の前には解散しよう。
ゆっくり話せるように。次に会える約束をして。

月が、満月に近づいていた。


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このストーリーに関するコメント

18/01/25 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
待つ、願う、叶う。主人公が羨ましい限りです。紗雪の告白の経緯をどうして主人公は知っていたのか。もう一人の当事者である修哉に聞いた、と考えるのが普通ですが、仮にそうだとしたら、いつ聞いたのか、何を話したのか、そんなことに思いを馳せました。

18/02/01 つつい つつ

学生時代の淡くせつなくほろ苦い思い出から主人公と紗雪のこれからの未来への展開が素敵で、読み終えて幸せな気分になりました。
良かったです。

18/02/09 元町 杏

凸山▲@感想を書きたい 様
コメント下さり有難うございます。お礼が遅れ恐れ入ります。
頂いたコメントを参考に、修哉、紗雪、それぞれの想いを元に物語を膨らませていただいております。
貴重なご意見を有難うございました。

18/02/17 元町 杏

つつい つつ 様
コメント誠に有難うございました。お礼が遅れ恐れ入ります。
人の心にあかりを灯す文章を書きたい、と思っているのでお心に届けることが出来とても光栄です。
心温まるお言葉有難うございました。

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