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吉岡 幸一さん

性別 男性
将来の夢
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足の生えたビール瓶

18/01/22 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:1件 吉岡 幸一 閲覧数:379

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「足の生えたビール瓶をつかまえて飲むと結婚できるって知ってるか」
 そう聞いてきたのは同じ職場の同僚だった。屋台でおでんを頬張りながら三本目のビール瓶を握って離さない横で、僕は終電を気にしながら付き合っていた。
「ビール瓶に足なんかあるわけないだろう」
「それが夜遅くになると足の生えたビール瓶が繁華街を走っているっていうんだ」
「なんだそりゃ、新しい妖怪か」
「ねえ、大将も聞いたことがあるでしょ。足の生えたビール瓶のはなし」
 声をかけられた大将はおでんを並びかえていた箸をとめた。困ったような顔をして僕らを見ると顔を寄せてきた。
「わたしも見たことがありますよ。路地の細い道を二本足のビール瓶が駆けていました。赤いピンヒールを履いたきれいな女の足でしたよ。あいにく捕まえてはいませんが」
 ほかの客には聞かれたくないように話すものだから冗談で返すこともできなかった。
「そらみろ、大将だって見たことがあるんだ。捕まえていたらきっと今ごろは隣に美人の奥さんでもいただろうよ」
 大将は頭に手をやりながら小さく笑った。
 まあ、酒の席だ。科学的な話をするなんてヤボってものだ。味のしみた大根を箸でくずしながら、僕はビールの入ったコップを飲みほした。
「おまえ、そんなに結婚したいのか。この前ふられたばかりで懲りているんじゃなかったのか」
「かわいい女の子と一緒になりたいんだよう」
 思わず口に入ったビールを噴き出しそうになった。酔ってなかったら、同僚はこんな恥ずかしいことを言う奴ではなかった。普段ならきっと「女なんか一生いらない」と強がって言うタイプだ。
「よし、これから足の生えたビール瓶を探そう。こんな満月の夜はきっと捕まえることができるぞ」
 同僚の背中を勢いよく叩くと僕は立ち上がった。このまま居座られたら終電に間に合わない。屋台を出てしまえば探すふりをしながら駅に向えばいいと考えていた。
 だが計画は簡単に裏切られた。屋台を出て繁華街を歩いて駅に向かっていると、細い路地の奥を足の生えたビール瓶が歩いているではないか。先に僕が見つけたなら見ないふりをしたのだが、同僚が先に発見してしまった。
 おいおい、と興奮しながら僕の袖をひっぱると、同僚はふらつきながら路地の奥へと入っていった。
 繁華街のなかでも裏側は治安がよくないせいもあってか人通りはなかった。酔い潰れた会社員がバーの前で寝ていたり、煙草をくわえた厚化粧の女が窓から顔を出して客を探していたりするだけで表通りのような賑わいはなかった。
 ビール瓶は走って逃げるのかと思えば、僕らが近づくと走り出し、距離ができると止まって追いつくのを待っていた。まるで追いかけっこを楽しんでいるようだった。
「まて、待つんだ」と、ろれつが回らない声で同僚は奥へ奥へと進んでいく。捕まえられるものなら捕まえてあげたい。先ほどまで電車の終電を気にしたがもう間に合わないだろう。それなら同僚のために逃げるビール瓶を捕まえてやろうではないか。僕は気持ちを切り替えて一緒にビール瓶を追った。
 いくつもの角をまがり、遠くまで来たのか同じ所を廻っているだけなのか分からなくなってきたとき、ビール瓶はわずかに開かれたバーのドアのすき間からするっと中に入っていった。
 僕らはためらうことなくそのバーに入った。そこは数人が座れるだけのカウンターバーで客は一人もいなかった。赤いワンピースを着た髪の長い女が一人カウンターのなかでグラスを磨いていた。
「足の生えたビール瓶が入ってきませんでしたか」
 酔いがまわった同僚の肩を抱きながら聞くと、女は蕩けるような笑顔で答えた。
「ずいぶんと酔っているんですね」
「幸せになりたい」と、同僚がうわずった声をあげた。「足のきれいな可愛い女性と結婚するんだ」
 同僚はカウンターに頬ずりをしながら悶えだした。
「まだ捕まえていないぞ。飲んでもいないし」
「未来のお嫁さんともうすぐ出会える。足の生えたビール瓶が願いを叶えてくれるんだからな」
 カウンターの女をうっとりと見つめながら同僚は確認するように言った。
「落ち着け、落ち着いてビールでも飲めよ」
 僕の言葉に反応して、女はすぐにグラスにビールを注いでだしてくれた。
 僕はこれ以上飲めそうになかったので飲まなかったが、同僚は喉を鳴らしながら注がれたグラスを勢いよく空にした。
「あなたが今飲んだビールはこれですよ。おめでとう。これで可愛い子と結婚できますね」
 女が満足そうに言った後で、カウンターに乗せたのは逃げまわっていた足の生えたビール瓶だった。ビール瓶は恥ずかしそうに股をすり合せている。
 隣を見ると同僚の姿は消えて、かわりに毛むくじゃらの足の生えたビール瓶がカウンターに乗っていた。二本のビール瓶は幸せそうにピッタリと寄り添って並んでいだ。


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このストーリーに関するコメント

18/01/23 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
『「かわいい女の子と一緒になりたい」』という魂の叫び。『「足のきれいな可愛い女性」』。『「未来のお嫁さん」』。どれをとっても悲哀を帯びた言葉のオンパレードに、同僚が抱えるやるせなさを色濃く感じずにはいられませんでした。噂の出所、屋台の大将が見かけた意味、カウンターバーと赤いワンピースを着た女性の正体などなど様々な謎が散見され、悩ましい読後感でした。

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