アシタバさん

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○酒

18/01/21 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:2件 アシタバ 閲覧数:316

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 ふと、男は何かに呼ばれた気がした。
 男は出張先で泊まったホテルを抜け出し、酒でも一杯ひっかけようと夜の街を彷徨っていたのだが、この辺は宵の口でもシャッターを固く閉じた店ばかりで探すのをあきらめかけていたところだった。
 そんな時、ネクタイを外したワイシャツの襟元に、生暖かいそよ風を感じた。
 そよ風には何故だか甘ったるい芳醇な香りが混ざっていて、それが鼻をくすぐると、あたかも何かが男を呼んでいるような気がしたのだ。
 声なき声に吸い寄せられるかのように灯りの少ない暗い街をフラフラと歩き出す。
 すると、古い雑居ビルの前で足が止まった。
 ここから、あの香りがする。
 男はそう思うや、地下へ通ずる陰気な階段を躊躇なく降りていき、扉を開けた。
 そこは薄暗いバーだった。
 温かみのある色の照明によく磨かれた木製のカウンターが照らされていた。小さな店でカウンターは6人座ればいっぱいだったが今はどれも空席である。カウンターの奥の壁は一面が棚であり、そこには琥珀色の液体に満ちた瓶やら透明なグラスの数々がズラリと隙間なく並んでいた。その傍らに小柄で老いた店主がちょこんと突っ立っている。
「やあ、いらっしゃい」
 朗らかな表情で席につくよう促してくる。
 男がカウンターに落ち着くと店主はおしぼりを手渡してこんなことを聞いてきた。
「鳥酒、魚酒、獣酒、どれになさいますか?」
 キョトンとする男に店主は「おや失礼、呑んだことございませんか?」と詫びるやいなや、棚から酒の瓶を手にして、アイスボールの入ったグラスに注ぎ、男に差し出した。
「どうぞ、一杯目はサービスです」
 男は口をつけるとアルコールの強さにむせ返りそうになった。しかし、甘い香りが鼻の奥を刺激して、舌のうえに品の良いほろ苦さが残った。
「美味い」
 そして、すぐに酔いが回ってきた、かと思うと次の瞬間、頭のなかに不思議な光景が浮かんだ。白い雲が浮かぶ青空をふわふわ飛び回り、人々の生活する街並みを遥か高いところから見下ろしているのだ。
「なんだ、これは!」
 男が驚くと店主はにやり、と笑みを浮かべた。
「これがウチの酒の特徴です。呑めば酔いとともに鳥の記憶を垣間見ることが出来るのです」
 男は驚愕のあまりしばらく口がきけなかった。信じられない。しかし、実際に体験したのだから、信じないわけにはいかなかった。
 確かめるように、呑んで、酔えば酔う程、自分が鳥になった錯覚に陥る。
 はじめこそおっかなびっくりだったが、やがて、これは何とも素敵な酒じゃないか、と思うようになっていった。
「よし、魚酒と獣酒も頼む」
 魚酒は大海原を自由に泳ぎ回る魚の記憶で獣酒は深い森のなかを力強く駆け回る記憶だった。どちらも男をこの上なく爽快な気分にさせた。
 男は上機嫌でベロベロに酔っぱらうと、グラスのなかの氷をカランと鳴らして、こんな質問を店主に投げかけた。
「素晴らしい酒だね。ところで、こんな酒いったいどうやってつくるのだい?」
 店主は誰もいないにもかかわらず、声をひそめると囁くように話し出した。
「勿論、普通の酒ではありません。ここだけの話です。実はこの酒はつくったのではなく捕まえてきたのです。外国の熱帯雨林の奥の奥に液体状の生命体がいたのです。巨大なアメーバみたいなものですね。そいつは池の水に紛れて強い香りを発し野生の生物を惹きつけます。味は大変美味で、ウイスキーに近い。こいつを呑んだ生物ははじめこそいい気分になりますが、やがて、この酒は生物の体のなかで体に含まれる水分と混ざっていくのです。その後、体の細胞はひとつ残らず水分に融解していきます。あっという間ですよ。生物は溶けて酒の一部になるのです。そうです。これがこの酒の捕食の方法ですよ。そして、酒はその生物の記憶を自らの中に封じ込めるわけです。溶けた生物が鳥なら鳥酒に、魚なら魚酒に、獣なら獣酒になるのです。私は生涯をかけてこの酒の捕獲に成功し、世界中の愛好家に販売するため、こっそり培養しているのですよ」
 店主は説明を終えるとグラスを丁寧に拭きだした。男は今の話に唖然とすると「まさか、冗談でしょう?」と固く笑う。
 店主は黙っていたが、いつの間にか、店主の柔和な表情が消えていることに男は気がついた。
「商品のバリエーションを豊かにするためには沢山の材料が必要なのです。商品用の酒は呑んでも安全なようにしてありますが、あなたが呑んだのは……」
 すると、男は段々と気分が悪くなっていくのを感じた。喉がカラカラに乾いて、手足の感覚が失われていく。
 そして、あっ、と声をあげる間もなく男の意識は永遠に失われたのだった。


 後日、バーの扉に張り紙がされていた。
 そこにはこう記されていた。
(人酒入りました)


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このストーリーに関するコメント

18/01/21 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
不思議な追体験ができる奇妙なお酒の正体に、『捕まえてきたのです』という囁き声が重なって、なるほどと納得してしまいました。面白かったです。初めて読んだ時は、お酒の特性も風味も知っている店主を奇妙に思いましたが、きっと、『生涯をかけてこの酒の捕獲に成功』したという語り口から、店主も既に普通の人間ではないのでしょう。

18/01/22 アシタバ

凸山▲@感想を書きたい様
コメントありがとうございます。
頂いたコメントを読んで、登場人物である店主の設定をもっと話のなかに出していくべきだったのかもしれないと、ハッとしました。大変勉強になりました。ありがとうございます。

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