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本宮晃樹さん

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禁酒法よ、永遠なれ

18/01/21 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:2件 本宮晃樹 閲覧数:311

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「なあお前」イライジャ・K・シャピロ氏はワイングラス片手に長々とため息をついた。「どうも最近、こいつからばかに魅力がなくなった。そう思わんかね」
「そうねえ」連れ合いのミズ・マクリーン・K・シャピロも同意見らしい。つまらなさそうにボトルからワインを注いで、たゆたう液体を眺めるばかり。「そうかもしれませんね」
「ルーズベルトは早まったと思うよ、わしは」
「国家禁酒法修正案にサインしたって聞いたときはあんなに喜んでたくせに」
「誰はばかることなく自由に酒が飲める。こんなすばらしいこた、そうあるもんじゃないよ。でもな」ことりとコースターにグラスを置いて、「うちはミルクしか扱ってないと言い張るバーテンからあらゆる手練手管を弄して手に入れた一杯と――」汚物ででもあるかのようにあごでしゃくった。「これが同じ味だなんてどうして信じられる?」
「じゃ、もう飲むのやめたらどうなの、あなた」
「そうすべきなのかもしれん」
 沈鬱な雰囲気が品のよい居間に漂った。シャピロ夫妻は品行方正な模範的アメリカ人であり、生まれてこのかた法に抵触するような生活とは無縁だった(むろん禁酒法が施行されていた当時はべつにして)。先の大戦で息子を亡くし、大恐慌の波に揉まれ、もみくちゃになった人生にやっと見出した唯一の気晴らし。
 それすら失われた。アルコール飲料はいまや合法なのである、度しがたいことに!
「なあお前。わしらはこれからなにを楽しみに生きてけばいいんだ」
「そうね」マクリーンはまさにこの瞬間、天啓を得ていた。「どの居酒屋もお酒をやたらに売るっていうなら、あたしにも考えがありますからね」
 シャピロ氏は連れ合いの瞳が怪しく輝くのを見逃さなかった。

     *     *     *

 シルクハットに樫のステッキ、フロックコートという完全装備の老紳士がとあるうわさを聞きつけ、はるばるアーカンソー州のひなびた田舎までやってきた。
 長旅ですっかり古馴染みになった土ぼこりを払い、期待半分不安半分で居酒屋ののれんを潜る。「やってるかね?」
「いらっしゃい」初老の店主らしき男が厨房から顔を出した。「なんにするね、だんな」
 老紳士はごくりと息を呑んだ。例のうわさは次のようなものである。禁酒法が撤廃されて久しいこのご時世に、あえて酒を出そうとしない頑固な居酒屋があるという。いかにも小粋で憎い店ではないか。酒が違法だったころのあの熱狂をもう一度味わわせてくれるとか、くれないとか。
 彼はシルクハットをかけ釘に引っかけ、なにげない調子で切り出した。「ビールをもらおうか」
「あいにくですけどね、この店じゃお酒は出さないんですのよ」二階から奥方とおぼしき品のよい女性が降りてきた。「ごめんなさいね、法律でそう決まってますので」
「これは老婆心で忠告するんだが、お二人さんはアンクル・サムがビールを好きなだけ飲んでいいとのたまった事実を知らんのじゃないかね」
「さて、そんな話はとんと聞きませんなあ」と店主。
「ばかおっしゃい。あなた郡保安官がいなかったのを幸運に思わなくっちゃいけませんよ」と奥方。
 紳士は内心会心の笑みを漏らした。いいぞ、あのころも確かこんな具合だった。次はどうするんだっけ。「出せないんならしかたない。ミルクをもらおうかね」
「まいど。すぐに持ってくるよ」
 間もなく正真正銘の絞りたてが出てきたので、老紳士は面食らうと同時にますます嬉しくなってきた。禁酒法時代、察しのよい店なら即座にミルクをアルコールに読み替えたものだが、なかなかどうしてここは手強いらしい。
「このしろものはどこで?」
「この店から三マイルほどいったところに牧場があってね。産地直送だよ、どうですお味は」
「まずまずといったところかな」大げさにせき払いをやる。「ところで、この店では小麦は仕入れとらんのかね」
「小麦?」細君が素っ頓狂な声を上げた。わざとらしさを隠し切れていない。「そりゃ軽食用のパンをこしらえるのに使いはしますけど」
「わしの言ってるのはそっちのじゃなしに」上目遣いとにたにた笑い。「麦芽のほうなんだがね、ビールの原料になる飛び切り最高の」
「因業じじいめ、さっさと失せろ!」台詞とは裏腹に店主もにやにやしている。「ないと言ったらないんだ。金はいらんからいますぐ出てけ」
「わかったわかった。こんなとここっちから願い下げだよ」紳士は一ドル札二枚をカウンターに叩きつけた。「ずらかるとするかね」
 扉をぴしゃりと閉めて葉巻をくわえたところで、後ろから肩を掴まれた。店主だった。ささやくような小声で、「いくら出せる」
 老紳士は知っている。これから長く困難な価格交渉が待っていることを。にもかかわらず彼は満面に笑みをたたえている自分に気づいた。「まずはブツを見せてくれ。話はそれからだ」


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このストーリーに関するコメント

18/01/21 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
終始にやにやしながら読んでしまいました。面白かったです。『あらゆる手練手管を弄して手に入れた一杯』にこそ価値を見出す。ただ酔う酒では物足りない。時代錯誤で面倒この上ない。でも、どこか様式美のようなものを感じずにもいられない。きっと、お酒に限らず、大衆化した様々なものに共通することなのかもしれません。文章も読みやすく、演技がかったセリフ回しも作品に合っていて楽しめました。ありがとうございます。

18/01/22 本宮晃樹

凸山▲@感想を書きたいさま
コメントありがとうございます。もったいないお言葉、まことに恐縮のいたりでございます。翻訳もののような雰囲気をと思っていたのですが、どうも狙った意図が成功したまれなケースだったようで嬉しい限りです。この時代に生きてたわけじゃないのでいろいろと細部は怪しいと思われますが、そのあたりは大目に見てもらうということで笑 ありがとうございました。

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