1. トップページ
  2. サイドカー

かわ珠さん

自分の好きな作家さんの言葉のチョイス、並べ方、区切り方、リズム、テンポに少しでも近付けるような文章が書けるようになりたいです。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 愛は時空を超える

投稿済みの作品

0

サイドカー

18/01/18 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:1件 かわ珠 閲覧数:178

この作品を評価する

 酒の力は、魔法のようなものだ。
 人の気持ちを大きく動かす。
「僕、今日こそはあの子に告白しようと思うんです」
 と、カウンターに座る彼は私に報告して、手元に置かれたジンベースのカクテルを一気に飲み干す。
 バーで働く私はこんな光景を何度も見たことがある。
 酒の力を借りて、意中の相手に告白を試みる。
 気持ちはわからないでもない。
 告白するというのには相当な勇気が必要になる。その背中を押す手助けとして酒の力を使いたいというのは、心理として理解できる。
「今日は止しておいたほうがいいんじゃないでしょうか」
 けれども、私は彼の告白を制止する。
「どうしてですか?」
 と、彼は訊ねる。
 当然だろう。告白は、彼自身の問題で、私には何の関係もない。けれども今はまだ、私には今の彼の告白を認めることはできない。
「今はまだその時じゃないですよ。もっと彼女と親睦を深めるべきです」
「そう……ですか」
「そうですよ。大丈夫、私も貴方の恋を応援しています。その為の適切なアドバイスはさせていただきます」
「わかりました。きっとこういう場を何度も見守ってきているであろうマスターの言葉を僕は信じます!」
 そう言って、一度立ちかけた彼はもう一度座る。
「……で、今はどうするべきですか?」
 と、真剣な眼差しを私に向ける。
「そうですね、とりあえずは一度クールダウンしてみましょう」
 と、私は一杯の水を彼に出す。


 それから何度か彼と彼女は出会い、会話を重ね、親密な仲になった。彼女には今現在付き合っているような相手もいないことがわかり、このバーでの彼女の言動から、彼に好意を抱いているのも見て取れる。
 決行するのならば、今日が良いだろう。彼にはあらかじめ連絡しておいた。
 先にバーに現れたのは彼女の方だった。
 いつものように彼女はジン・トニックを頼む。そのジン・トニックを彼女が飲み干してしまう前に彼が店に到着した。
 私と彼は目を合わせる。彼は頷いて彼女の席からひとつ開けた隣に座る。
「ああ、今日も来ていたんですね」
 と、彼はいつものように彼女に話し掛ける。それから、彼はマティーニを注文し、彼女と雑談を交わす。
 けれども、これから告白しようという彼のペースはいつもよりもかなり早い。やはり緊張があるのだろう。
「マスター、キャロルください」
 彼がそう言って、私を見る。その表情を見て、私も頷く。これがいよいよ決行する、という彼の合図だ。
 そうして私が造ったキャロルを彼は一気に飲み干す。やはり酒の力を借りたいのだろう。そして、大きく息を吐き出して、彼女の目を見る。
「あの、もうずっと前から貴方に惹かれていました。もしよければ、僕とお付き合いしていただけませんか?」
 と、頬を赤くして、そっと彼女に手を差し伸べる。それをまるで不思議なものを見るような目で彼女は眺めていたけれども、やがてその頬は緩み、目を細くしながら頷き、彼のその手を取った。
「ええ、喜んで」
「ほ、本当に?」
「もちろん」
 彼女のその言葉を聞いて、彼は耳まで赤くして泣き始める。そして、私の手を握る。
「ありがとうございます、貴方のおかげです」
 と、何度も何度も繰り返す。
「あー、もしかして、二人ともグルだったんですか?」
 彼女は少し意地悪そうな笑顔で私たちの顔を交互に覗き込む。
「いえ、私はただ、彼を応援していただけです」
「それをグルって言うんですよ?」
 そう言う彼女に、私は小さく肩をすくめてみせる。
 そして、私の手を握ったまま涙を流す彼の耳元で小さく囁く。
「実は今日のカクテル、アルコールは入ってなかったんですよ」
「え?」


「やはり人に自分の気持ちを伝えるのならば……特に好きな人に好きな気持ちを伝えるのならば、お酒の力を借りずに、100パーセント自分の勇気だけで伝えてほしかったのです。そして、その思いを聞いた側にも、100パーセント純粋に自らの意思でその気持ちに答えてほしかった。なので、お二方のカクテルにはアルコールは入っていません。ただのジュースです」
 私の言葉を聞いて彼も彼女も呆れたような表情を浮かべている。
「つまり、僕が今日告白できたのは……」
「お酒の力ではなく、100パーセント貴方の勇気です」
「なんだか、そう言われると、今さら緊張が増してきたぞ……」
 と、彼はカウンターテーブルに突っ伏してしまう。
「でも、成功したんだし、いいじゃない。私も、貴方の気持ちが本物だって知れて、むしろ良かったと思うけれど」
「まあ、そうかもしれないけどさ」
 そう言って笑い合う二人に、私は二杯のグラスを差し出す。
「それでは今度こそ本物のカクテルを」
 金色に近いブラウンのカクテル。
「お二人のお付き合いを祝って」
 乾杯、と二人は小さくグラスを傾ける。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

18/01/20 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
読みやすい文章でした。アルコールが入っているかと思ったら素面だった、という展開は多くの名作を生み出しながらも、まだまだ様々な描写を開拓できる可能性があります。作者様がその技法に挑戦された気概を応援したいです。『酒の力を借りて』というのはなかなかプラスの評価を受けることもないようです。もしかしたら、カウンターの彼女の目にも彼は頼りなく見えたかもしれません。個人的には、主人公は「彼女にだけ」種明かしをして、その場の空気に酔いやすい彼から目を離さないであげてとウインクのひとつもするかと予想していました。ですが、とにかくカウンターの彼の応援役に徹した主人公の一貫した姿勢は好ましかったです。

ログイン