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入江弥彦さん

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プルタブで切れた命綱

18/01/16 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 入江弥彦 閲覧数:251

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酒を飲もうと言い出したのは、元気だけが取り柄のカイトだった。
コンビニ袋の中にはチューハイが三本。ちょうど人数分だ。真面目で気の弱いシュウヤが反対するものかと思っていたが、彼は何も言わなかった。それどころか、調子に乗ったカイトに肩を組まれて、嬉しそうにはにかんでいる。
「もちろんカズオも飲むだろ?」
「ああ」
疑問形のように見えて、カイトのそれが命令だというのは長年の付き合いで理解していた。もう、十年になるだろうか。小学一年生の教室で、三人で話したことをよく覚えている。
「で、でも、本当にいいのかな?」
「なんだよシュウヤ! 俺の酒が飲めないってか?」
「それ言いたかっただけでしょ……」
呆れたように言うシュウヤはカイトのことが好きらしい。友達以上に。もっと上の高校に進学できるはずだったのにカイトのそばに居るためにこの高校を選んだのだというから相当だ。俺がこれに気がついて指摘したとき、シュウヤは泣きそうな顔をして、絶対に言わないでねと手を合わせていた。
これは俺だけが知っていることで、いつだってバラすことができる。もしも周りにからかわれても、おとなしいシュウヤは対応できないだろう。シュウヤの命綱を俺が握っているような気さえしていた。
「俺はこれな! シュウヤは桃が好きだろ。カズヤはぶどう!」
袋から取り出したチューハイの缶はいい感じに汗をかいていて、受け取ると手のひらに水滴が付着した。カイトの部屋には冷房がない。開け放した窓から太陽光が差し込んで、蝉の鳴き声がなだれ込んでくる。真夏の昼間から、十六歳の男が三人で集まってチューハイのプルタブに手をかける。悪いことをしているということをようやく理解するとともに、毛穴が開いて汗が噴き出すのを感じた。
「せーので開けようぜ」
「カイトくんそういうとこ女々しいよね」
「そういうこと言うなよなシュウヤ……って、カズオ! なんで先に開けてんだよ!」
二人のやりとりを眺めながら缶を開けると、シュワッという炭酸の音とともにほのかなぶどうの香りがただよってきた。
「いつ開けても一緒だって。カイトとシュウヤも開けなよ」
「くっそ、俺のみんな一緒に飲酒計画が……」
「そういうところが女々しいんだよ」
「今日、シュウヤのあたりが強い気がする」
文句を言いながらカイトが缶を開けて、それに続くようにシュウヤもプルタブを引っ張った。
「乾杯はするだろ?」
「そういうの聞かずにすればいいのに」
「お前が女々しいとか言うから気になったんだろ!」
「はい、乾杯。カズオも乾杯」
目の前で繰り広げられるやりとりを見ていると、上手にカイトを流したシュウヤがこちらに缶を傾ける。
「あ、ああ、乾杯」
シュウヤは真面目で気が弱い、というのを訂正しなければいけないかもしれない。未成年飲酒に真面目は似合わないし、カイトに対する態度も気が弱いとはいえない。じゃあ、何だろう。シュウヤをうまく表す言葉が見つからない。
ぼんやりと考えながら缶を一気に傾けた。炭酸のきいたぶどうジュースという感じだ。こんなものか、ほんのちょっとふわふわするけれど、酔っ払うという感覚はないに等しい。
正直、少し期待外れだ。
「たいしたことないな」
俺がそう言うとシュウヤは美味しいね、と笑いながら俺に缶を差し出した。
「桃だっけ?」
「そっちはぶどう? 飲んでみたいな」
「ああ、いいぞ」
「ダメだ」
シュウヤと缶を交換しようとしたとき、カイトがそれを制止した。いつもよりいくらか低い声で。
「ちょっとカイトくん?」
「シュウヤのは飲むな。俺の飲めよ」
俺たちを制止したカイトは、ポストも仲間と間違えるのではないかというほど顔を赤くして、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「い、いや、俺は桃が飲みたいんだよ」
その様子に驚いて声を抑えて言うと、今度は何も言わずにぶんぶんと首を振った。幼い子供のような仕草で意思表示するカイトを、シュウヤがたしなめる。その手をグッと引っ張ったカイトは、ろれつの回らない声で彼を怒鳴りつけた。
「お前は! 俺以外と間接キスするのかよ!」
それから、反論は許さないとでも言うように、シュウヤの唇を塞いだ。生のキスシーンなんて、男女のものでもみたことがない。せいぜい母が見ているドラマや兄の持っているアダルトビデオくらいだ。
ガツン、と突然殴られたようだった。そんな表現を小説なんかでよく見かけていたけれど、確かにこの衝撃はそれ以外に表現のしようがない。俺が小さく咳払いをすると、カイトはばつが悪そうに色の変わった頬かいた。
俺が握っているつもりになっていたのはシュウヤの命綱でもなんでもなかったのかもしれない。ぼろぼろと手の中で崩れ去る綱だったものの幻を見ながら、十年間抱いてきた気持ちに気がついた。
何でもないふりをして一気に缶を空にしても、俺は酔えなかった。


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