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若早称平さん

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この一杯のために

18/01/16 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:1件 若早称平 閲覧数:617

時空モノガタリからの選評

成人した子供と一緒に呑む夢を語り「この一杯のために生きてる」と口癖のようにつぶやく父と、呆れつつもそれを見守る娘。これは典型的な平和な家庭の平凡な日常の一コマですが、由依がそう長くは生きられないという状況の下では、それが成人まで生きる道標のように重要な意味を帯び、親子の絆を強めるものとして作品に求心力をもたらしていて、このあたりのテーマの活かし方がうまいと思います。父の希望を叶えるべく奮闘する由依の明るさと強さも魅力的でした。無駄がなくきれいにまとまった作品だと思います。

時空モノガタリK

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 子供の頃、私にはお父さんがよく口にする嫌いな言葉があった。仕事から帰宅して晩酌する時に一杯目のビールを美味しそうに飲んで必ずこう言うのだ。
「あぁ、この一杯のために生きてるわー」
 それを聞くたびにお父さんは私よりもお酒の方が大事なのかな、などと思って勝手に傷付いていた。我ながら可愛いらしい少女時代だ。それでも時々私が正面の席に座り、ビールをお酌してあげると「由依が注いでくれるビールは格別だな!」と上機嫌になる。「お父さんはな、大人になった由依と一緒に酒を呑むのが夢なんだよ」そんな常套句もよく口にしていた。

 私は中学校に入学する少し前に病気になり、それから大半の時間を病院で過ごした。私と同じ病名の女の子を主人公にした小説や映画がいくつかあり、その誰もが二十歳を迎える前に死んでいた。だから私も漠然と自分は大人になる前に死ぬんだろうなという覚悟、というか諦めが出来ていた。
 ただ一つ心残りなのはお父さんのことだった。私が幼い頃に母と離婚し、男手一つで私を育ててきた。仕事と慣れない家事との両立。私がようやく家事を手伝えるようになった頃には病気でますますお父さんに迷惑をかけることになってしまった。

「お父さん、ちゃんとご飯食べてる?」
 最近お父さんの顔色が良くない。私の入院費を稼ぐためにしている副業を最近もう一つ増やしたらしいと仲のいい看護師さんから聞いていた。
「ああ、心配するな。それに明日は休みだから、ゆっくり休むさ」
「そっか」と私が安心するのを見てお父さんが笑う。
「由依に心配されるとなんか変な気分だな。いつもと逆だからさ」
 私が膨れるとお父さんの笑い声が大きくなった。シッと人差し指を口に付けると叱られた子供のような表情をするので今度は私が笑ってしまいそうになる。
「明日また来るよ」
「ねえ、明日はなんの日か覚えてる?」
 椅子から立ち上がるお父さんに慌てて尋ねる。
「忘れてたらもうお父さんって呼んでくれなくていい」
「じゃあ明日来なかったら『おじさん』って呼ぶね」
 笑いながら退室していったお父さんと入れ替わるように看護師さんが入ってきた。消灯前の巡回にはまだ早い時間だ。周囲を警戒するようにベッドへ近付くと、カーディガンに隠していた紙袋を布団の中に潜り込ませた。
「絶対に他の人に見つからないでよ。バレたら私めちゃくちゃ怒られるんだからね」
 彼女が耳元で私に囁いた時、紙袋の中身がなんなのか分かった。嬉しさのあまり看護師さんに抱きついた。私の想いを全てさらけ出しても彼女が協力してくれるとは思っていなかった。
「ありがとう。この恩は一生忘れないからね。私の一生短いけど」
「だから、それ笑えないんだってば」
 苦笑しながら彼女が言った。

 私はお父さんに何もしてあげられなかった。中学、高校と入学式も卒業式も出られず、楽しみにしていたであろう成長の過程みたいなものを何一つ見せてあげることが出来なかった。
 だから二十歳になる私の誕生日は初めて私がお父さんの夢を叶えてあげられる日だ。何度も諦めた、大人になる日をこうして迎えられるのもお父さんへの恩返しがしたいという執念だったと思う。
「ねえ、お父さん。冷蔵庫の中の紙袋取って」
 私の誕生日、仕事が休みのお父さんは昼過ぎから来てくれて、いつもよりも長く私のそばにいてくれた。日が落ち、病室が赤く染まりだした。いい頃合いだと、私はベッドに備え付けられたテーブルにコップを二つ並べた。
「お前、これ……」
 紙袋から取り出した缶ビールを見てお父さんが絶句する。
「特殊なルートから手に入れたの。お父さんの夢を叶えてあげたくて。私が小さい頃よく言ってたでしょ? 一緒にお酒を呑むのが夢だって」
 お父さんは怒っているような、嬉しいような、悲しいような、色んな感情をごちゃ混ぜにしたような、泣きそうな顔をしていた。そんな様子でしばらく缶ビールと私を見比べた後「少しだけな」とプルタブを開けた。プシュッという懐かしい音がして、コップに一口分ほどのビールが注がれる。
 コップを手に持つ。白い泡と金色とのコントラストが美しかった。お父さん、昔私が嫌いだったあの言葉。意味は違うけど私はまさにこの一杯のために生きてきたんだよ。
「乾杯」
 口の中に流し込んだ初めてのビールは想像を絶するくらいに苦くて、不味くて、私は瞬時に顔をしかめる。
「この味が美味いと感じるまではあと三年はかかるからな。だから……」
 お父さんは笑いながら泣いていた。


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このストーリーに関するコメント

18/01/21 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
『「この一杯のために生きてる」』を軸にきれいな短編に仕上げられた手腕に頭が下がります。必要な情報がまとまった作品で読みやすかったです。ありがとうございました。

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