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吉岡 幸一さん

性別 男性
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人の役に立つ幽体離脱は酒匂う

18/01/16 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:291

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 一升瓶三本分の酒を熱い湯の入った浴槽に混ぜ、三十分ほど浸かっていると幽体離脱できることを知ったのはつい最近のことだ。
 幽体離脱とは生きたままで魂だけが肉体から出てしまう現象のことだ。死後の世界などを取り扱ったテレビ番組ではよく聞かれる言葉だが、生死を彷徨っているわけでもない僕が、こんなにも簡単に幽体離脱ができるなんてNHKが知ったなら全国ニュースで取り上げてくれるに違いない。
 だが僕はこのことは誰にも教えない。自分だけの秘密として永遠にとっておくつもりだ。誰もが真似するようになってしまったら、悪用する者は出てくるだろうし、政府はすぐに規制に乗り出すだろう。それに発見した僕に対しても理不尽な非難が起こるだろうから。女湯を覗き見していたのじゃないかと疑われるに決まっている。
 僕はこれでも紳士なのだ。女湯は覗かないし、他人の秘密を曝こうともしない。せっかく得た力なのだから何か人の役に立つことに使いたいのだ。
 では、どうすれば人の役に立つのか。考えてみた。建物をすり抜けられる力を利用して街の悪党どもを監視したり、警察が犯人を逃がさないように一緒に追跡したりするのはどうだろう。僕は誰にも見えないし、声を出しても聞こえないし、物に触ることもできない。そうするといざというとき、誰にも伝えられないではないか。
 つまり幽体離脱した僕はただ移動し見ることができるだけで、なに一つ現実世界に干渉することができないではないか。
 例えば困っている人を発見して、肉体に戻った僕がその人を助けようとした場合、僕はどうやってその人の困った状況を知ったと言えばいいのだろうか。まさか幽体離脱して覗き見したなんて言えたものではない。
 嘘をつくことは苦手だ。適当な作り話で良い、と言えるほど面の皮の厚い役者ではない。
 そのうえ困ったことに酒が飲めない。テレビに映った温泉宿が風呂に酒を入れているのを見て真似たのが最初だったが、僕は酒の入った浴槽に浸かっているととんでもなく酔ってしまうのだ。魂は肉体から離れても細い透明な糸で繋がっていて、そこからアルコールはやってくる。
 最初の一時間はほろ酔い加減だが、それ以上になると吐いてしまう。魂をしぼることができたなら、酒がぽとぽとと滴り落ちることだろう。だから短時間しか幽体離脱をすることはできなかった。肉体に戻った後も酒の匂いとの戦いで大抵は具合が悪くなった。石鹸で洗ったくらいでは落ちてくれなかった。
 僕は下戸というハンディと闘いながらついに人の役に立つ方法を思いついた。幽体離脱して病院に行ったとき、そこで死にかけている人が幽体離脱したのに出会ったのだ。その死にかけた人は魂が肉体から離れたことに驚き恐怖していた。僕はその人の側に行き、肉体が魂から離れることに怖がらなくてもよいのだと慰めた。幸い魂同士は意思疎通ができた。魂と魂の会話は死にゆく人に安らぎをもたらしたようだ。
 僕はそれから何度も病院に行き幽体離脱した人を慰めた。ある人はそのまま肉体から離れ、ある人は肉体に戻っていった。肉体に戻っていった人は僕との出会いは覚えていなかったが、それでもかまわなかった。幽体離脱して恐れ不安になっている人を慰めて、少しでもその人の恐れや不安が軽くなるのならそれでよかった。慰めているうちにほっとして柔らかな顔になっていく魂を眺めていると、人の役に立っているんだと実感することができた。それはとても幸せなことだった。
 次第に酒風呂に慣れていった肉体は容易に幽体離脱しなくなってしまった。そこで、湯に酒を混ぜる量を増やしていき、最後には酒だけで湯船を満たした。それでようやく幽体離脱ができるようになった。人助けのためには酒の量など構ってはいられない。死のふちで迷い戸惑っている人を救うことこそ僕の生きがいだった。たとえ酒に酔い、ふらふらになり、肉体に戻ったときに激しく吐いたとしても止めることはできない。
 ある日、酒風呂に入った僕はそのまま気を失ってしまった。目が覚めた時、鍵のかかった部屋にいた。窓には鉄格子がはめられていて、鉄製のドアには小さな窓がついていた。固いパイプベッドだけが部屋には置いてあって、他にはテレビも食器棚もなかった。ホテルの部屋とも刑務所の牢屋とも雰囲気が違った。
「目覚めましたか。ここは病院です。あなたはアルコール中毒で倒れたんですよ。治るまでここに入院してください」
 ドアの小窓から目だけをのぞかせた医者が冷めた白い目で僕を見ていた。
「僕は人の役に立ちたいんです。不安な魂を救いたいんだ。だから酒を、酒をください」
 医者は答えることなく小窓を閉めるとドアの前から遠ざかっていった。激しくドアを叩いたが外からは物音ひとつ聞こえてこなかった。人の役に立つために酒を・・・・・・。うずくまる僕を監視カメラが覗いていた。


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