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むねすけさん

ブログで創作をやっていましたが、誰にも相手にしてもらえないため、こちらに辿り着きました。 面白い物語、少しほっとしてもらえるようなお話を書きたいと思っています。

性別 男性
将来の夢 作家になりたいですが、 それが無理でも、何かの原案家とか、 自分の考えた物語が世に出ること。
座右の銘 我思う、故に我在り。

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カツ丼喰いたかっただけ

18/01/15 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:4件 むねすけ 閲覧数:275

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 男が欲したのは未経験の体験だった。怖いのは最初だけと、言葉のお尻にハートマークをくっつけて、二度めに宿す生の耐性のために一度めの臆病に走り勝つ快感が彼にとってはなによりの薬であった。
 昨日までの未知を既視に変えて道をゆく。その日、男は思ったのだ。警察の取調室でカツ丼が喰いたい。トロケル卵の黄色をまとって含み、やさしくふやけて前歯の侵入に寛容な豚カツに刑事の情に包まれながらかじりつきたくなったのだ。
「仏滅か」男は日めくりカレンダーを確認する。
「よし、ゴー」男は占いの類を忌み嫌う。見えないもので商売することが好きになれなかった。
 警察の取り調べを受けるために、かといって前科が残るは困るし、刃傷で人に迷惑をかけるはもっての他。となると、男はズボンをトランクスと一緒に脱ぎ捨てる。
 女性用下着の清潔さは男ものとは差があって嬉しい。普段は使用しないことが多いが、今回は女装に気付かれては厄介と、タックも使用しふくらみを抑えた。胸に詰め物をしないのは男なりのこだわりであった。騙す回数に限度をとの彼なりの儀礼。鏡に向かってウィッグをブラッシングし、液状ファンデ考案者にノーベル賞あげたいと鼻歌でボブ・ディラン。
「あ、あ、本日はカツ丼なり。あ、あ、アメンボは赤くないなり、あ、あ、あ」
 喉を絞って女性のような声音を。頭の中で声のモデルを置いて重ねると後は慣れである。男は頭の中に真矢ミキの声を置いた。諦めないために。
 つけまつげをパチクリ、最後にウィンクをして、鏡の自分とキスをする。準備は整った。男は携帯で110番通報。
「ええ、三洋ホテルの近くです。スラッとした背の高い割と美人の」男の声で言いながら、女声の練習はこの後だったなと舌を出す。
「赤いヒールでした、バッグはCOACH。はい、三万円でどうって、え? やった後なら通報しませんよ、困った警察の人だな。ははは。まだあの辺で男を引いてると思うんで、お願いしますよ。条例違反でしょ? ってなんで私がここまで言わないといけないんです」
 ふう。溜息をついて男は三洋ホテル付近の路地で待った。
 
「私はなんにもしてませんよ」
「いやー、通報があったんだなー。言い訳は無駄だよ」
 やる気のなさそうなおじさん刑事と夜の取調室に二人。男は無機質な空間でカツ丼を思う。三つ葉は乗ってて欲しい。できればタクアンも添えて。
「通報って、私は本当にまだなんにも」
「その、まだ、ってなに? ねぇ、今夜はまだってことだろ? このアバズレ」
「アバ……」
 男は呆れた。呆れてカツ丼が飛んでいく。こんな刑事にカツ丼喰わしてもらいたくねーやと、男は座り直す。下着のフリルが負けるなとエールをお尻にくれた。
「その言い方はなんですか」
「なに? 偉そうなこと言うなら人さんに迷惑かけずにルール守ってから言ってよ。犯罪者がどの口で言うの? アバズレのお口は言葉を喋るためについてんじゃないんでしょ? なにをしゃぶるためでしょ? これは上手いな、山田君座布団一枚ってか?」
 おじさん刑事のすきっ歯から飛び散る唾液の飛沫が、温度の低い机を汚していく。男の呆れは不快感に変わっていく。
「無罪の推定とか、罪を憎んでとか、そんな言葉は教科書の中だけですか?」
「だねー。教科書なんか読んだことあるんだ、感心だなー」
「私はなにもしていないと言っているんですよ。私の言葉を疑うように、通報者の言葉も疑わないんですか?」
「アバズレは匂いでわかるんだなー。匂いと、長年の勘でね」
 おじさん刑事は机の下に頭をくぐらせて「くんか、くんか」と言った。男は死んでも女装がバレてはいけないと肩を丸める。なで肩で良かったと思う。
「刑事さん、最低な人ですね」
「いいね。俺、最低な奴に最低って言われるの好きなんだよ。マイナスかけるマイナスはプラスさ、アバズレちゃんにはわかんないかな」
 このボケヤロウ。男は必死で考える。この刑事を裁くためにどうすればいい。どうすればいいんだ。行きついた答えに、男は吐き気をおぼえながら、我慢して腹を括る。
「刑事さん、最低な私を最低なまま一人にするのは刑事の仕事ですか?」
「ふうん?」
「全部お見通しみたいだから、いいですよ。刑事さん、ね?」
「ようやく話ができそうだねー。アバズレちゃんから子猫ちゃんに昇格かな」
「お・め・こ・ぼ・し、ね?」
「そうそう、子猫ちゃんにも座布団一枚だな。よし、ベッドの一戦の前に腹ごしらえだ。ちょっと待ってな」
「え?」
 おじさん刑事が取調室を出ていった。
「カツ丼だったらどうしよう」
 男は鳴るお腹を撫でて思う。まぁ、いっか。  


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このストーリーに関するコメント

18/01/18 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
作者様には作品の全体像と面白さが確たるものとして掴めていらっしゃるのだろうと実感できる文章でした。『警察の取調室でカツ丼が喰いたい』との希望を叶えるために手を尽くした主人公が、『こんな刑事にカツ丼喰わしてもらいたくねーや』と思って、はい次、となるかと思いきや、『未経験の体験』ならば何でも良いのかともとれる言動が、テーマ以前に異常性を際立たせているように感じました。

18/01/20 むねすけ

凸山▲@さん
コメントありがとうございます
自分のなかでは傲慢に揺るぎない確信を持って書いていますが、それでありながらどう着地するや、何処へ連れてかれるか自分でもコントロールがきかないことも多くて
今作はそれが異常性として現れたのかな、と思います
これは読む人にどう思われるか、反応が知りたかったのでコメント嬉しかったです!!

18/01/31 haru@ソラ

盗みをするのかと思ったらそうきたか!と言う展開で面白かったです。

18/01/31 むねすけ

haruさん
コメントありがとうございます
犯罪にならずに取調室に行く方法を考えてこれになりました
面白いと言ってもらえると、なにより力になります!

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