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香車の観察

18/01/15 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:288

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「おうて〜♪」
 花子が香車を太郎の王将の目の前に指した。
 指した、とは呼べない。親指と人差し指でUFOキャッチャーのようにつまんだ駒を落とした、と言った方が正確だ。落下した駒は無礼にも太郎の王将を直視することなく、右の金将の方にだらしなく体が向いていた。まるで、「あら金将さん、若くて、たくましくて、セクシーね。でも、あなた貧乏でしょ」と言いたげだ。金将も金将だ。そんなあばずれ女なんか無視して、自分の任務に集中するべきなのにデレデレしやがって、太郎は右の金将を睨みつけた。
 太郎は将棋盤から視線をあげ花子を見た。花子は真っ赤なマニュキュアがギトギト光る指先を眺めていた。その指で、香車の姿勢を正すことはなさそうだった。
「おい花子、言ったろ、香車は真っすぐにしか動けないんだよ」
「は、何それ、嫉妬?」
「バカ言え、誰が嫉妬するもんか?」
「ほら嫉妬じゃん、だから太郎のは小さいのよ、器もあそこも」
「……」
 花子は瓶ビールから自分のグラスだけにビールを注ぎ、それを一気に飲み干した。
「いる?」
 花子は黙ってる太郎のグラスにビールを満たした。太郎はそれを無視して煙草に火をつけた。
「とにかくだ、ルールは守れ、しかも、お前まだ最初の一手だぞ、なんで王手ができんだ」
「ぷぷぷ、なによ、論点をすり替えるつもりね、まあいいわ」
 と言い花子は太郎が吸っていた煙草をひったくり一口呑んだ。どす黒い紅色の口紅が煙草のフィルターにべったりとついた。
「じゃあ聞くわ、なんでいきなり王手しちゃダメなの?」
「なんでって、ルール的に不可能なんだよ」
 太郎は新たな煙草に火をつけて、ビールを一口すすった。
「先から聞いてるとルール、ルールってあんたうるさいわね。そんなにゲームでルールって必要なわけ。そもそも妻子持ちのあんたがこの温泉旅館でアタイと将棋をしていること自体、世間ではルール違反よ」
 それをここで持ち出すか……それこそルール違反じゃないか、太郎はそう思ったが口には出さなかった。
「わかった。わかった。じゃあこう言えばいいのか、花子の戦略はあからさますぎて、ロマンチックじゃない、と」
「あんたにだけはロマンの講義を受けたくないわ。でも、アタイの戦略のどこがロマンチックじゃないっていうの、言ってごらんなさい」
 花子は鼻から勢いよく煙を出しながら、太郎のグラスを一気に干した。
「ドラマがないじゃないか。例えば、歩兵をだな、成金にさせて、最後に相手の王様をやつける、なかなかドラマチックな筋書きとは思わない?」
「ダサッ」
「ダサくてもなんでもいいけど、次はオレの番だ、君の香車は終わりだぞ」
「ダメ」
 花子の長いまつ毛が伸びた。
「ダメ、とかじゃなくて、そういうことだろ、世の中」
「ダメなものはダメなの」
 花子は太郎に寄った。さらにまつ毛が伸びた。
「ねー、パスして、お願い」
 花子の胸が太郎の腕に押し付けられる。太郎の鼻の下は伸び、眉間にしわが寄る。妻のことをあえて思い出してみる。
「将棋でパスはダメなんだよ」
「バカ!」
 花子の瞳がうるんでいる。そして黒い涙らしきものが頬を伝った。浴衣のすき間からは若いピンク色の太ももが湯気をあげてむき出しになっている。
「パ、パ、パスッ!!」
「イェーイ♪ぷぷぷ〜」
 花子はサッと太郎から離れ、ビール瓶をつかみラッパ飲みした。黒い涙らしきものはいつの間にか花子の顔面から消えていた。
 花子は右手にビール瓶を持ったまま、左手の真っ赤な人差し指のつめで香車を面倒くさそうに押した。しかし、香車はマスから出ることなく、ただ駒の向きが変わっただけだった。今度は左の金将の方を向いている。
 コイツも終わった……太郎はそう感じた。生きるか死ぬかの戦場である。敵が王将の目の前まで迫ってきているというのに、王将を守るべき左右の金将が早々に、殺されることなく殺されたのだった。
 太郎は腕を組んで将棋盤を睨んだ。花子の方をチラッと見ると、新たな瓶ビールの栓を開けるところだった。
 こんなあばずれ女を叩くために王将を動かすことは、太郎のプライドが許さなかった。しかし、金将は二人とも死んだ。残るは飛車、か。
 太郎は飛車を動かそうとした。
 しかし、飛車は動かなかった。王将が動くなと命じたのだ。
「もう少し様子を見ようじゃないか」
「しかし王殿、奴は敵ですぞ、我々を破滅するために派遣された敵ですぞ」
「うるさい!ワシは偉いんだぞ!」
 いつの間にか香車は王将に背を向けて歩兵の方にクルリと向きを変えていた。
 花子は太郎を見て微笑んだ。
 王将の我慢もここまでだった。太郎は立ち上がり、現実を照らしている灯りを消した。そして、花子という幻想に飛び込んでいくのでいった。
 破滅してしまえばいい、王将は飛車に向かってそうつぶやいた。


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