待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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ママ

18/01/15 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:0件 待井小雨 閲覧数:285

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 あたしのお母さんは気が小さくて、いつもお父さんに怯えている。
 お父さんは横柄な人で、お母さんのことが嫌いなようだった。ことあるごとに怒鳴りつけ、その度お母さんは体を震わせて耐えていた。お母さんはいつでもお父さんへの恐怖に支配されていて、あたしをちゃんと見てくれない。
 だけどお母さんの中には別の人がいて、お父さんがいない時だけその人――「ママ」が表に出てきてくれる。

「こんな地味な服じゃ滅入っちゃうわ。他の出して」
 厳しい叱責を受けた日、お母さんは内側に入り込み、代わりに「ママ」が出てきてくれた。ソファの影で震えていたあたしはその言葉に立ち上がる。
「すぐ持ってくるね」
 隠しておいた洋服を持ってくると、ママはカーテンも閉めずに着替える。上機嫌な様子に「その服好き?」と訊いてみる。
 綺麗なワンピースもネックレスも、全部あたしがお母さんにプレゼントしてきたものだ。けれどお母さんは「派手なものは怒られるから……」と身に着けてはくれなかった。
「大好きよ! 明るい色って楽しくなるわ」
 満面の笑顔にあたしはすごく嬉しくなる。
「特にこの靴、真っ赤で最高! あんたセンスいいわ」
 部屋の中でヒールを履いて踊る自由なママに、あたしの心も一緒に跳ねる。
「今日は誰のとこ行こっかなー」
 どう連絡を取っているのか、ママはしょっちゅう色々な男達に会いに行っていた。教師や社長やレストランの店員の恋人たちを、ママはとっかえひっかえして遊ぶのだ。
『あんたの父親が誰かもわかりゃしないわ』
 同じ時期に何人も相手がいるんだもの、と初めて会った時に言っていた。
 お母さんにとってはあたしの父親はまぎれもなくあの人で、実際どう調べたところであたしの父はあの人でしかない。
 だけどママはそんな事実をいともたやすく無視してしまう。ママが語ればあたしの父親は「弁護士のあの男だったのかな。それともバーで隣に座ったあいつかな」なんて程度の話になる。
『父親なんて誰でもいいじゃない。アタシだけがあんたの親よ』
 その言葉は、あたしの心に光をくれた。

 お父さんはあたしに向けて暴力を振るうことはなかった。大切だからというわけではなく、見向きもされていなかったというだけだけれども。
 けれどある日、何かが気にさわったようで突然お父さんがあたしに向けて手を振り上げた。
「その目は何だ! 恨みがましい嫌な目をしやがって!」
 咄嗟のことに構えることも出来なかった。ぱん! という乾いた音が響いたけれど、あたしの頬はまるで痛くなかった。
 お母さんが盾となって平手を代わりに受けていたのだ。
「――アタシの娘に何してくれてんのよ!」
 ……それは、ママだった。お父さんは決して刃向うことのないはずの従者の反乱に動揺する。
「しゅ、主人に何て口をきくんだ!」
「主人? 誰よそれ。アタシの主人はアタシだけよ」
 エプロンを放り、「よくもあの子を殴ろうとしてくれたわね」とお父さんを蹴り飛ばす。
「ぐっ……、り、離婚だ! お前のような女っ」
 こう言えば許しを乞うだろうと考えているのだ。お母さんだったら縋っていたかもしれない。だけどここにいるのは、ママだ。
「そうしてくれる? あんたみたいなのが夫なんて嫌すぎるわ」
 お父さんは怒りに震えると、ママに指を突き付けた。
「俺がいないと生活もできないくせに!」
「お金くらい稼げるわよ。何でできないとか思ってんの」
「お前みたいな陰気な女、誰も助けてはくれないぞ」
 ママは髪を解くと妖艶に笑んだ。
「あたしを求めてくるいい男、何十人だっているわよ」
「う、嘘をつくな。お前のような不細工な女がっ」
 あたしは急いでママの服を取りに行く。ママはあたしの持ってきた服を受け取ると、お父さんの目の前で着替えた。
 化粧などしなくてもあでやかで魅力的なあたしだけのママの姿に、自分の従者の姿しか知らないお父さんは呆然と立ち尽くす。
 ママはお父さんを無視すると、
「ね、誰のとこ行く?」
 と訊いてきた。ひとりふたり三人四人……、何人もの男の名前を上げる。
「前にあんたにチョコくれた男にする? それとも、服を買ってくれた男」
 ママにあたしという娘がいると知っても、誰も敬遠はしなかった。子供がいようが年増だろうが、ママの魅力はそんなことでは損なわれない。
「ママを大切にしてくれる人を選んで」と言うと「それじゃ駄目」と返された。
「あんたを大事にしてくれる男じゃなきゃ駄目。そういう男を見つけましょ」
 あとはもうお父さんを振り返りもせず、あたしたちは手を繋いだまま家を出る。

 不意に、繋いでいた手にふんわりとしたものを感じる。
「……お母さん?」
「――守るからね」
「ママと一緒に?」
 ええ――と答えて、お母さんとママはあたしをぎゅっと抱きしめた。


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