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栗山 心さん

俳句歴15年。

性別 女性
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ティアドロップ

18/01/14 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:0件 栗山 心 閲覧数:41

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 スパイスの香り。熱風。冷房の外気。雑多な食べ物の匂い。物売りが商品の名に節を付けて歌うように連呼している。何所かの国の観光客は言葉が通じず、困惑の声を上げている。商品の小瓶がより美しく見えるように設えた、大きなガラス張りの店先は、強く冷房が効いているが、裏の工房は路上にいるのと同じだった。
 私達はティアドロップと言う商品を作っている。涙型の小瓶に入った、魔よけになる聖なる水、と言う触れ込みで、藁にでもすがりたい老人達や、物好きな外国人観光客が、高価なそれをこぞって買っていく。
 一月から十二月までの生まれ月ごとの処女だけが、この瓶の中身を詰めることが許され、みんな一年この仕事を続けると、結婚するために辞めていく。辞めればまた次の女の子が入ってくる。この仕事に就くのは名誉なことである上、給料も悪くなく、結婚の持参金を貯めることが出来た。
 一日中、工房で、小指の先ほどのガラス瓶に、特別な井戸から組んできたという水を詰める。瓶は十二色あり、透明な水が入ると色水のように揺らいだ。六月生まれの私は六月の瓶に水を詰めた。六月の小瓶は淡い緑色に水色を混ぜた、夏の初めの空の色合いだ。私はこの小瓶を水で満たすことに、満たせる資格を持っていることに、つまりは処女であることに、誰よりもプライドを感じていた。
 マヤ、という少女はそうではない。勤務中いつも眠そうにしていたのは、私達十二人が暮らす寮を夜ごと抜け出していたからだ。抜け出しては、若い男や年取った男に送られて帰宅し、クスクス忍び笑いを漏らしながら、高い塀を、尻を押し上げ貰って寮に戻るのを、眠りの浅い私だけが知っていた。
 マヤは私と同じ十五歳。特別美しい少女ではない。黒い瞳と濃い睫毛を持っていたが、その瞳はとろんとして左右別々の方向を向き、どこを見ているのか分からなかったし、淡い茶色の長い髪もツヤが無く、絡まり合っていて、両足は生まれつき不自由らしく、少し引きずるように歩くのが癖だった。それでもマヤは奇妙に人目を引いた。不完全な肉体を持った女が、被虐趣味と支配力を引き出す、ということを知ったのは、成人してからのことだった。店のオーナーである老人も同じだった。私はある日、店の裏のカーテンの影で、マヤを膝に載せているのを見た。老人の首に手を回したマヤは、覗き見する私をちらりと見て、嫣然と笑った。たわむれに引きちぎったと思われる、赤い薔薇の花びらが足許に散っていた。

 「マヤのこと、知ってる?男と遊んでるみたいなの」
 金色をした十月の小瓶を担当する、人一倍おしゃべりな少女が、耳元でそっと囁いた。宵闇に紛れ、男と抱き合う姿を見たと。噂はその日のうちに、少女から少女へと全員に広まり、その夜の寮は、少女達の興奮で、軽く熱を持ったかのようだった。
 「みんな、何の話をしてるの?」
 何も知らないマヤが近づくと、恋の話よ、と誰かが言う。私の好きな人には他に好きな人がいるの、と別の少女が話を合わせる。
 「取っちゃえば?」
 そう言い放つと、ゆったりと歩き去った。憧れの人がいて、見ているだけでドキドキして、告白出来るかどうか、なんて想像するだけの私達に奪い取る、という発想は十五歳の私達には無かった。マヤはふしだらだ、あばずれだ、処女ではない、私達と働く資格は無い、少女達は口々に言い老人に直訴した。老人は、都合の悪い時の常で、耳の遠い振りをして聞かなかったことにする気だ。
 私達は結束した。あばずれのマヤを追い出そう。徹底的にマヤを無視する反面、仕事の速さと正確さに心をくどいた。私達は違う。私達は仕事が出来る。早くマヤを辞めさせて。
 この時期の私達の集中力と仕事ぶりは、小瓶の生産量を倍増させた。ちょうど観光シーズンを迎え、国内外からの観光客が引きも切らず、作ったそばから売れていき、いつも品薄だった。
 やがて一年の任期が終わった少女から帰郷して行き、辞めさせられることも、自ら辞めることもなくマヤも去った。聞くところによれば、故郷でかなり年上の金持ちの元に嫁いだそうだ。
 一時は大ブームになり、海外にも輸出するほどだったティアドロップも、じきに飽きられ、事業を大きく広げすぎた老人は、親族の恨みを買い、自死したという。
 マヤのようなあばずれがいたことで、私達の規律は守られ、一年間の勤務を全うすることが出来たのなら、老人が見て見ぬふりをしたのも納得が出来る、と彼の年齢に近くなった私は、時々思うのだった。    


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