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本宮晃樹さん

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よりよい品物

18/01/14 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:292

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 男女交際がよい意味でも悪い意味でもオープンかつフリーになった当節、笑われるのを承知でいまの心情を吐露したい。「あの娘、元気でいるだろうか」
 考えられる限り最悪の訣別だった。浮気の発覚、ほとばしる痛罵、感情的な応酬、「もういい!」の捨て台詞とともに狭苦しいアパートから走り去る彼女。
 必ずしも快い思い出とは言いがたいかもしれない。それでも破綻するまではめくるめく白昼夢のようなひとときだったのだ。どんな些細なことでもすばらしく感じた、輝きを帯びた毎日。二十代も後半戦に差しかかったおり、冴えないわたしに初めてできた恋人。
 寒風吹きすさぶビル街をそぞろ歩きながら、季節の変わりめに古傷が痛むようにこの日も彼女のことをぼんやり思い出していた(女々しい? その通り)。するとだしぬけにそれが実体化した。目前に香苗がいるではないか。
「真琴くん……?」妄想が口を利いた。末期だ。「真琴くんでしょ」
 いかにもわたしは真琴くんだった。

     *     *     *

「お前がいま最高にみじめな状態だってのはわかる」友人は辛抱強かったのだろう。泣き上戸の愚痴に閉店まで付き合ってくれたのだから。「浮気されたやつの心情は察するに余りあるよ」
「お前も経験あるのか」
「学生のときだった」目を閉じて鼻から息をゆっくり吐き出す。「相手は三十路間近のおっさんだったらしい。大学生の俺にゃ金で太刀打ちできるはずもないし、社会的地位だって向こうのが上だ。絶望したよ、女ってのは結局打算の塊なんじゃないかって」
「事実そうに決まってる」グラスをコースターに叩きつけた。「香苗も職場の上司と浮気した、あの尻軽め!」
 店内が水を打ったように静まり返った。友人が〈なんでもないんですよ〉といった大仰なゼスチャーをやり、注意をよそへ逸らしてくれた。
「とにかくお疲れさん。さぞ口惜しい毎日だろうが、そんなお前に社会生物学のすばらしい知見を授けよう」
「なにをおっぱじめるつもりなんだ、藪から棒に」
「女の浮気――というか異性の好みを進化心理学が教えてくれるのさ」
「また得意のうんちくか。いまのぼくは寛容に耳を貸すほど心中穏やかじゃないぞ」
「まあ聞けって」ピッチャーからビールを注いでくれた。「なぜわれわれは揃いも揃って年上の男に彼女を寝取られるのか? 簡単だ、あいつらは金を持ってる可能性がすこぶる高い」
「進化心理学ってのは小学生向けの学問なのかね、ご同輩」
 彼は野次を無視した。「これは人間が狩猟採集民だった何万年も前からそうだった。経験値の高いやつのほうがうまいことマンモスを仕留めるだろうし、部族内での社会的身分も高かったはずだ。狩りが得手だったり指導的地位に昇りつめたりする人間はそうでないザコどもより当然、優れてるわけだ。そいつの遺伝子をわけてもらえば次世代のガキの生存率は上昇する。女の子たちはよりよい品物を選別してるだけなのさ、DNAの命ずるままに」
 こんな議論で納得できるはずがない。「じゃなにか、ぼくたちは遺伝的に劣ってるから浮気されたと。進化論的に彼女らは正しい、だから浮気も許容されるってか?」
「わからん。けどそう考えれば意気込めないか。よろしい、俺たちは雄として落第だった。なにくそ、精進してやるってさ」

     *     *     *

「ほんと偶然。三年ぶりくらいかな」香苗は変わっていないどころか、むしろ往時の落ち着きのなさが鳴りを潜めていっそう洗練されている。「どう、元気だった?」
「久しぶり」妙に心臓が高鳴っているのを隠しつつ、「ぼちぼちやってるよ」
 得がたい友人のおかげで、いまではすっかり進化心理学的に納得している。交際しているからといってよりよい品物を選ぶ権利が香苗から剥奪されるのはおかしいし、なにより当時のわたしは(いまでもか?)その程度の水準だったのだ。文句をつける筋合いはない。
「そっか」好きでたまらなかったあの上目遣い。「いま彼女は?」
「いたら一人でぶらついてないよ」
 会話が途切れた。やがて意を決したように、「あたしのこと怒ってるよね」
 ずっと気に病んでいた。ずいぶんひどい罵詈を浴びせてしまった。あんなこと言うべきじゃなかったと何度も後悔した。「もう怒ってないよ。ぼくのほうこそ悪かった」
 目がくらむほどの笑顔で、「なんだか胸のつかえがとれたみたい」踵を返す。「じゃあね」
 DNAの命令は強力で、われわれは結局のところ連中のマリオネットなのかもしれない。だが人間は利己的な遺伝子の意図を見抜いたではないか。遺伝的に優れたやつが選ばれる厳然とした傾向は確かにある。で、それがどうした?
「待ってくれ」思わず手首を掴んでいた。「これからの予定は?」
 小首を傾げてほほえむ癖は健在だった。「とくにないよ」


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