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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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娼婦ローズマリーの遺言

18/01/13 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:111

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 リンダが深い川に身投げしたらしい。派手な看板を掲げ軒を連ねた娼館では噂でもちきりだった。遺書はあったが死体は見つからずじまい、下働きでしかない娘とはいえ、その死は様々な憶測を呼んだ。
 愚図で痩せっぼっちだったリンダ。
 7歳で借金のかたに売られたこの娘が、年頃になるのを待ち誰が『水揚げ』するか賭ける客もいて、猥雑な生活に嫌気が差したのだ……と憐れむ者もいたが、娼婦の一人は首を横に振った。
「こう言っちゃなんだけど、薄気味悪い娘だったわ。店の裏庭に花壇があってね、リンダはいつも花を植えていた。次から次へと気が狂ったように……けれども花瓶に挿して花を愛でるなんてただの一度だってなかったのよ」
 娼婦は大袈裟に身震いする。
「花なんてろくに見ず、散って枯れるまで放りっぱなし。時には蕾のまま茎からむしり取る事もあったわ。それは嬉しそうな顔で……気味悪いったらありゃしない」
「そういえば昔、リンダを可愛がっていた娼婦がいたっけ」
「ああ、男を取っ替え引っ替え、大したあばずれだったけど……名前なんか忘れちまったね」


 ローズマリー。それが娼館での彼女の名前。本名は、ついにリンダにも教えてくれなかった。
 幼いリンダが下働きの生活に馴染めず泣いていた時、「涙を道具にしちゃおしまいよ」と語りかけた娼婦がいた。しどけないランジェリー姿の彼女を「冬なら凍え死んじゃいそうだね」と心配すると、娼婦はケラケラと笑って「温めてくれる男なら廊下にずらり並んでるさ」と言葉を返した。
「あんた気に入ったよ、あたしはローズマリー。今度は昼間に会わない?」
 連れてこられた裏庭の花壇には、可憐な花々が慎ましやかに咲いていた。風が吹けば折れそうなほど華奢なのに、みな太陽を向いて精一杯花開く。リンダは駆け寄ってうっとり見惚れてしまった。
「娼婦の香水とは違う、甘い香りでしょう?これでも元は花屋の娘だったのさ」と、彼女はにんまりと笑い自慢の花壇を見渡す。
 それからというものリンダは花の世話をする毎日だった。種まき、水やり、害虫の駆除……ローズマリーが教えてくれる秘訣の数々に、リンダはたちまち夢中になってゆく。
 ふた春を越した頃には、誰も見向きもしない裏庭の片隅は、二人で植えた四季の花で溢れていた。


 いかがわしい娼館では一晩に何人もの男が、誇張した夢語りと淫らな閨事を娼婦に求める。蓮っ葉な所を差し引いても、マネキンのように均等の取れたローズマリーの肢体は、男を虜にするだけの魅力があった。
 しかし彼女の取り分はレモン汁のように搾り取られ、莫大な借金は一生返せそうにないとよく愚痴を漏らした。
 花を育て愛するのが唯一の楽しみ。昼間のローズマリーの話し相手になりながら、10歳の誕生日に「内緒だよ」と少女は夢を語った。
「私、花屋になりたい。でも借金があって……。家族は、大人になったら男の人が好きなだけお金をくれるから大丈夫って言ってたけど……そんなの嘘。だってローズマリーはちっとも幸せそうじゃないもの」
「……あたしはふしだらな女だもの。男がいないと身体か乾いてしまう性分でね。甘い毒がいつか体に回って死んでしまうかも、なんて子供に言っても分かんないか」
 ローズマリーの空色の瞳に憧憬が宿る。
「ちくしょう、あたしも外の世界で一花咲かせたかったよ」



 それからしばらくしてローズマリーは本当に死んだ。ふてぶてしさを豪語した彼女らしくない最期だった。
 男と揉めナイフで刺され、白い胸に咲いた大きな血染めの花。
 無残に散る運命に抗わず彼女は微かに、だけど満足げに笑った。
「リンダ、花を……育てて。今まで教えたとおりに……さ」」
 忘れない。瞳の空色が光を失う直前の囁きを。娼婦ローズマリーが何者の呪縛からも自由となった瞬間、少女は泣き崩れた。忘れるなんて出来なかった。
 ……夜中に荷物を抱え娼館を逃げ出した少女に追っ手はなかった。ローズマリーの『遺言』通りに事が運んだ証だ。
 旅の空を仰ぎ、懐の包みをリンダは強く抱いた。彼女が死んでから4年間、大切に育てた花の種と球根だった。

『いいかい?……植物は枯れるまで生かせば種を残し、蕾を摘んだ球根は太る。葉は香辛料や薬になる』
『売ればいい金になるさ。少しずつ貯えれば誰にも気づかれず逃走資金を稼げる』
『なに、街を離れる時はちょっと小細工すればいい』
『あんたはさ、夢を忘れちまう前にはばたいてごらんよ』

 野の花が咲き乱れる道を、あでやかな蝶がひらひらと舞う。おいで、とでも言うように。緊張するリンダの顔が綻んだ。
 二人分の思い出は、新しい庭に根付くだろう。夢の蕾が膨らむ。
 遮るもののない空の下は寒くても、なんて自由なのかしら。
 リンダは天に手を伸ばし、広い世界を確かめるように深呼吸して再び歩き始めた。


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