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お酒の力

18/01/12 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:0件 ひらい 閲覧数:164

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思わず強く目を閉じて吐息をもらしてしまった。
建物の中にある浴場から出てきて、一瞬にしてすっかり冷えてしまった体には露天風呂は天国のように思えた。
降り続く雪によって少し熱く感じる程度になった温泉は、体の奥にゆっくりと沁みていく。
押せば倒れてしまいそうな竹づくりの柵に囲まれた露天風呂には、他にもう一人初老の男性が入浴しているだけだった。
湯気がひっきりなしに立ち上っているおかげで、あまり顔が分からずお互いに気を遣う必要もない。
ゆっくりと両手で顔を覆って、大きく息を吐き出してから、空を見上げた。
酔って紅潮した頬に夜風があたって冷えていくことが心地良かった。
すっかり暗くなってしまった空には、灰色の雲がかかっており、あまり月はよく見えない。
空を見上げた姿勢のまま、僕は今日の出来事を思い返していた。


今朝9時半に家を出てから、いくつかの観光名所をまわって数時間前にこの旅館に着くまで、ずっと運転しっぱなしだった。
妻の百合子とは新婚旅行に行ったきり数年間旅行には行っておらず、突如思い立ったようにこの旅行を計画したのだ。
大学のサークルで知り合った百合子と付き合いだしたのは四年生の秋からだった。
お互いに気心が知れた中になってから付き合ったので、とても楽だったのを覚えている。
まさかその時は結婚すると思わなかったが、いつのまにか百合子以外には考えられなくなっていた。
それでも結婚する前としてからとでは、だいぶ違う。
一番に会うことを考えていた僕らも、家族になってからは二人で出かける機会が少なくなった。
そんな中での数年ぶりの旅行に、百合子も喜んでいた。


露天風呂にいた初老の男性が屋内に戻るのを見ながら、こんなに今日疲れてるのは、久しぶりの旅行にはりきり過ぎてしまったからだな、と苦笑いした。
そんなに年をとった感覚もないのだが、やはり大学生の頃とは違うらしい。
目を閉じてそんなことを思っていると、さきほどの夕食が思い返される。


前菜や地元で獲れた魚のお造りから夕食は始まった。
いくつかの料理の次に、目当てにしてきたカニの鍋が登場した。
カニは百合子の大好物だ。
カニの鍋がおいしいと評判だったからこそ、この旅館を選んだのだ。
こっそり百合子の表情を見ると、カニが運ばれてきた感動で手をパタパタ動かしている。

ねえ、カニだよカニ!! 私大好きなの!!

あいまいな返事をして軽く流したけど、心の中で大きくガッツポーズをした。

だから選んだんだよ

言いかけたけど、なんとなく恥ずかしくてやめた。
それでも数年ぶりに味わう喜びと達成感の中日本酒を飲んでいたら、すっかり酔っぱらってしまった。
そして温泉にはすでに入っていたものの、どうしてももう一度入ると言う百合子について来たのだ。



露天風呂に入りながら夜風にあたったおかげで、だいぶ酔いが引いたらしい。
なんだか普段では味わえないような特別な幸福感を、旅行に来て味わえたような気がしていた。

そうだ! 今から部屋に帰って、もう少しだけ百合子とお酒を飲もう。
そしてたくさん話をしよう。

温泉につかりながら、僕は思った。
百合子に提案したらどう言われるだろうか。
まだ赤い僕の顔を見たら、やめておくように言われるかもしれない。
でも、今日はゆっくり二人で話がしたいんだ。
お酒の力をもう少し借りれば、恥ずかしくて新婚の頃しか言えなかったような言葉も言えるかもしれない。
どんな顔をするだろう。
恥ずかしがるだろうか。

そんなことを思いながら、露天風呂を後にする。
浴衣に着替えながら、僕は何のお酒を買おうか考えていた。





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