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小峰綾子さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 笑う門には福来る

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一人でカクテルを飲む理由

18/01/11 コンテスト(テーマ):第152回 時空モノガタリ文学賞 【 酒 】 コメント:2件 小峰綾子 閲覧数:395

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あの日は終電まで働いてふらふらしながら家路に向かっていた。疲れてはいるものの、煮詰まった頭の中をすっきりさせたいし、誰かと話をしたい気分でもあった。ブラブラと歩いていると、平屋建ての、日本家屋を改装した感じのバーが視界に入る。
雰囲気は良さそうだし、ちょっと一杯飲むだけだし、一度一人でバーに行くのも良いなと前から思ってはいたところだ。建物横の駐車スペースにはminiとライトバンが停まっている。ライトバンはこの店とは不釣り合いだなあ、仕入れに使うのだろうか、そんなことを考えながら店に入った。店内はカウンターとテーブルが2つ、客はテーブルに座っている2人と、カウンターに座っている女性が一人だけだった。

女性は、例えるならこの間の月曜9時のドラマで主演をしていた女優のような外見をしていて、服装も露出の多いワンピース。
マスターは初老の男性だった。僕はこのような店でどのようにふるまうのが正解なのか分からずまごまごしてしまったが、まずはハイボールを注文する。

「一人なんですか」

酔いも回ったころ、なぜかその女性に声をかけていた。彼女は表情一つ変えず、カクテルグラスに入った飲み物を一口飲んで「そう」とだけ答える

「この辺に住んでるんですか?」
彼女は答えず、少し微笑んだ、

「そちらは、このお店よく来るの?」

そこからぽつりぽつりと、彼女と話をした。僕は仕事のこと、上司にムカついている事、今の仕事は嫌いではないのだが未来が見えないなど。初対面の女性相手に不思議なほど自分のことを話していた。彼女はとても話しやすい、というか聞き上手なのか、僕が一方的に話しているのになぜか乾いた土に水がしみこんでいくような感覚があった。

彼女のグラスが空になっていたのでマスターが手ぶりでお代わりを促す。「じゃあいつものやつを、今日は甘口で」

マスターが黙ってうなずきカクテルを作り始める。いつものやつ、と言えるほど彼女はこの店の常連なのだろうか。やはり近くに住んでいるのだろうか。
彼女に勧められて野菜スティックをかじると、野菜そのものの味が濃く、とてもおいしかった。

その日は疲れていたので2杯飲んだだけで店を後にしたのだが、その後も僕は時々その店に立ち寄るようになった。カクテルもつまみもおいしいのと、あとは彼女にまた会いたいという思いもあったことはあったが。

ある土曜日、午後過ぎに起きて適当にテレビをつけた。カップラーメンを食べる間見るだけのBGMがわりなので何でもよかったのだが、その番組は有機栽培で野菜を育てている農家を紹介していた。値段は安くはないが、味が濃く栄養価も高い野菜は都内のレストランでも話題なのだとか云々。

次の瞬間だった、ある女性が画面に映り、カップラーメンを食べる手を止めた。この人、知ってる。

あの日バーで話した彼女。あの時と違って農作業の格好をしているのとノーメイクに近いが、面影も声も間違いなく彼女だ。

その夜、例のバーに行ってみた。
一杯目のカクテルと、野菜スティックを運んできたマスターに「一度ここで会った女性をテレビで見たんです。」と思わず声をかけてしまった。マスターは黙っている
「北関東の方で農業をやっていて…全然印象が違ったんで驚いたんですけど、なんであの時このバーにいたのかな、と思って。」

マスターはいつもの淡々とした話し方で
「本人が語る以外に、私から話せることは 何もありませんよ」

まあ、最もだ。

「でも、これは彼女自身も別に隠しているわけではないのでお伝えしておくと、彼女に出していたカクテルには、アルコールは一滴も入っていないんですよ」
「え」
勝手に僕が、彼女はお酒が強いのだろうと思い込んでいただけだが「いつもの」と言っていたあれ、ノンアルコールだったのか。

だとしても、ノンアルコールカクテルを飲みにこの店にわざわざ一人で来るのはなぜなんだろう。マスターの話ぶりから察すると、彼女はあのテレビに映っていた本人で間違いない。北関東からどうやって来るのだろう?もしかして、車で帰るからノンアルコールなのか。

あの時停まっていたminiだろうか。東京に何か用事があり、ついでに寄ったのか。自分が育てた野菜をどこかに搬入するとか?もしかしてライトバンのほうか。

彼女は、時々都内のレストランやバーなどに野菜を届けに来る、時々はいつもの生活と離れセクシーな服を着て街を歩きたい、初めて会った人とおしゃべりなどしてみたい、と思う。彼女は仕事を終わらせたあと服と靴を着替え、このバーへ。いやこのバーも取り引き先の可能性がある。ここで食べる野菜は味が濃くておいしいと教えてくれたのも彼女だったなぁ。

そんな筋書きを思い描きながら、カクテルを一口

人が一人、酒を飲むのには理由があるのだなあと思う。





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このストーリーに関するコメント

18/01/13 文月めぐ

『一人でカクテルを飲む理由』拝読いたしました。
静かな夜のバーでの様子がしっとりと伝わってきました。

18/01/14 小峰綾子

文月めぐ様
ありがとうございます。うれしいです。
実は私自身は全くお酒が飲めないため、一人でバーカウンターに座るのは憧れます。
憧れと妄想が混じった話になってます♩

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