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柊木 つつじさん

小説は趣味で書いている程度なので語彙力も無く、文章も稚拙なものが多いと思いますが、何か感じ取っていただけるものがあれば…と思っております。 投稿作品に対するコメントもお待ちしております。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 迷いは己を鈍らせる

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心中立

18/01/09 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:1件 柊木 つつじ 閲覧数:301

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 障子戸を5センチ程開けて外を眺める。
 壁に背をつけて、煙管に火をつけフーッと煙を吐く。障子の隙間から覗く街の景色が酷く汚れて見えるのは私自身もまた酷く汚れているからだろう。

「紅葉さん、今日もそうやって一日をふいにしたのかい」
 優しく問いかけるのは弥七という呉服屋の跡取りである。透き通った真珠のような色白な肌にやせ細った風貌は女性のようにも見えた。
「毎日のように吉原に通っては何もせずにただこうしてこんな阿婆擦れと他愛もない会話をするだけ…あなたの方こそ余程変わりものだよ」
「確かに君の言う通りかもしれないね」弥七は小さく笑みをこぼした。
「おかしな人ね本当に」私もまた小さく笑みがこぼれた。
 
 2人が頬笑み合っていたのも束の間。時間にしてもおよそ15秒ほどであっただろうか。
 煙管を口に咥え、大きく煙を吐き出すと再び静寂に包まれた。
 
 隙間から聞こえてくる雑音に耳を傾けると、遊郭という場所がいかに汚れた世界であるかを再認識できた。足を運ぶ男はここにいる遊女らを人として扱いはしない。遊女もまた男を金を得るための道具としてしか見ていない。

「あなたもいい加減こんなところに通うのはやめにしたらどう」視線をゆっくりと弥七へ向ける。
 別に弥七のことが気に食わないわけではない。他の客のように遊女を卑下するわけでもなく、お金もきっちり支払っていく。ただ、こんな場所にいるべきではないと思った。

 彼にこの場所はふさわしくないと思った。


 ゆっくりと立ち上がりこちらへと歩み寄り、灯篭の火を消して私の隣へと腰掛けた。

「僕はね、君を酷く愛してしまったんだよ」

 薄暗くなった部屋の中、煙管の煙で靄のかかった月の灯りが初めて弥七を男だと感じさせる。初めて見る弥七の色気に不覚にも女としての欲求を抑えきれなかった。

「今日だけはお願い」自ら着衣を乱れさせ、弥七の胸元に手を伸ばす。
「……」弥七は何も言わずに私の右手に自らの左手を絡ませ、優しく接吻をした。

 遊女として数多くの男の相手をしてきたが、こんなに気持ちのいい接吻は初めてだった。
 最初は互いの唇が触れ合い、次第に舌を絡ませながら愛を確かめ合った。遊女と客という偽りの愛だと知りながら弥七の愛を私は全身で感じたいと思ったのだ。

「弥七さん……弥七さん……」少女のような吐息が漏れだす。

 もっと愛を感じさせてほしいと言わんばかりに、弥七の頬に手をかけ接吻を求めた。舌を絡ませ、互いの唾液を交わらせることでより深く弥七の中へ入っていけそうな気がした。
 互いの身体を強く抱きしめ合いながらゆっくりと布団の上になだれ込んでいった。



 脳が溶けていくようだった。

 偽りの愛でもいいと思えた。弥七という男に惚れてしまったのだ。
 何をするでもなくただ他愛もない会話を交わしただけのあの時間もこの瞬間を迎えるためだったのだと思った。


「紅葉さん、僕と心中立をしてくれないか」弥七がそっと口を開く。
 遊女と心中立をしようなんて馬鹿げてる。嘘を吐いてでも男から金を取ろうとするのが遊女なのだから。
「あなたって本当に変わっているわね」思わず笑みがこぼれる。「口約束だけで思い続けられるとでも思っているの」

 私の言葉を遮るように弥七は優しく接吻した。
「僕は君との接吻を生涯忘れることはないだろう。君は違うかい」

 小さく微笑んで彼は遊郭を後にした。


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このストーリーに関するコメント

18/01/10 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
テーマを大切にされた話作りが素敵でした。『酷く汚れて見える』諸々の中で、『煙管の煙で靄のかかった月の灯り』が不意打ちのように美しいものを浮かび上がらせる。あるいは、そう錯覚させられてしまう。それでもいい、という紅葉の気持ちがどこか刹那的なものに感じられてしまうのが一層、物悲しくもあります。『心中立』という言葉を知ることも出来、勉強になりました。

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