1. トップページ
  2. アバズレ食堂

吉岡 幸一さん

・・・

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

アバズレ食堂

18/01/09 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:1件 吉岡 幸一 閲覧数:269

この作品を評価する

「ハムエッグ定食とかつ丼、それとお冷をお願いします」
 外回りをしている先輩と後輩の営業マンが、店に入って壁にかけられた手書きのメニューから迷うこともなく選ぶと、厨房に向って声を投げた。
 ふたりの営業マンが昼食を食べにやってきたのは乙女通りの中ほどにある「アバズレ食堂」だった。
 引き戸を開けて入ると四卓のテーブルと十六脚の椅子しかない小さな食堂で、昼飯時も過ぎた午後二時だったせいか、客はこの営業マンと漬物をつまみにビールを飲みながら新聞を読んでいる老人だけだった。
「乙女通りって可愛い名前の通りなのに、アバズレ食堂って店があるなんて、なんかおかしいよな。この通りにある店は若い子向けのショップばかりなのにさ。ここだけ場違いっていうか、通りの名前に合ってないよな」
「でも、ここは安くって美味いらしいですよ。僕は洒落たカフェで食べるよりもこういった小汚い店のほうが落ち着くな」
 ふたりの営業マンは店の中を見渡しながら話している。
 厨房からは調理器具がぶつかるような賑やかな音が聞こえてくる。小さな店なので料理も配膳も女店主が一人でやっていた。
「水はセルフだよ。勝手についで飲んでくれ」
 気の強そうな女らしからぬ枯れた声が厨房から飛んでくる。
 後輩営業マンが黙って立ち上がると冷水器に向い硝子のコップに水を注いで持ってきた。
 水を一口飲むなり、先輩営業マンは真向かいに座る後輩に顔をよせた。
「アバズレってさ、ここの店主のことじゃないのか。自分のことを店の名前にしたんだよ」
「聞こえますよ。そんな大きな声で言うと」
「もう聞こえているよ」
 ハムエッグ定食とかつ丼を運んできながら背中の曲がった女店主が言った。張りのある声からは想像できないくらいに女店主は老けていた。優に七十歳を超えていそうだった。
「この店はね、父親が脱サラして始めたんだ。三十超えてもあたしに男ひとりできないから、男がたくさん寄ってくるようにって、心配した親がわざとこんな名前にしたのさ。アバズレ食堂の娘なんて、実際にもアバズレで尻が軽そうに思えるじゃないか」
「興味持つ男の人がいそうですね」
 後輩営業マンは気を遣いながら答えた。
「それで男は言い寄ってきたんですか」
 先輩営業マンは愉快そうに聞いた。
「馬鹿みたいに寄って来たさ。でもね、あたしは尻軽女じゃないんだよ。簡単に口説き落とせるほど安くはないんだ。みんな蹴っ飛ばしてやったさ」
「じゃ、ずっと独身ってわけですか」
「さあどうかね。長く生きているといろいろあるさ」
「ずいぶんモテたんでしょうね」
 関心なさそうに後輩営業マンはかつ丼を頬張り、先輩営業マンは目玉焼きをご飯に乗せて食べていた。
「ふたりともあたしが筆をおろしてあげようか」
 ふたり同時にご飯を噴きだした。
「僕の筆はもうおろしていますから」と、後輩営業マンが言うと「俺は他の人にお願いしますから」と、先輩営業マンは慌てて答えた。
「え、先輩はまだ……」「あ、えっと、いいだろうそんなこと」
 ふたりの営業マンは気まずそうに飯をかきこむと、金をテーブルに置いてそそくさと出ていった。後輩営業マンが先に店を出て先輩営業マンがその後についていく姿は、どことなく先輩と後輩の立場が逆転しているようにみえた。
 店の端で漬物をつまみにビールを飲んでいた老人が新聞を畳みながら振り返った。
「おまえ、若い男をからかうもんじゃないよ。生娘のまま俺と結婚したくせに口だけはアバズレなんだから」
「なんだかさ、店のことをこの通りに場違いだの小汚いなど言うからさ、からかってあげたくなったんだよ」
「店の名前のことだってさ、親父さんが開店する前におまえに相談したそうじゃないか。どんな名前が良いかって。するとおまえはアバ・カフェが良いって言ったんだろう。アバって、あのスエーデンの歌手のABBAのことだろう。ダンシング・クイーンとかいう歌が有名なグループの。おまえ、当時はABBAのファンだったもんな。ABBAの曲が流れる洒落たカフェにしたかったんだよな。それが、親父さんがどう聞き間違えたのかアバ・カフェがアバズレって言う名の食堂にしてしまったというわけだろう。本当はさ」
 老人は立ち上がると腰を伸ばすように背伸びをして店を出て行こうとした。
「どこに行くんだい。またあの女のところにいくつもりだろう。スナック純情の操のところに。あの女は本物のアバズレだよ」
「パチンコだよ。すぐ帰るから」
 老人は弾むような足取りで店を出ていった。
「アバ・カフェだって、ずいぶんと懐かしいことを思い出させてくれるじゃないか」
 女店主はテーブルの上を片付けながらフラれて帰ってくる亭主を慰めるために、今夜は透け透けのネグリジェでも着て、ABBAのダンシング・クイーンでも寝室に流そうと思うのであった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

18/01/10 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
二人の男性が、その場に似つかわしくない、奇妙な食堂に入る。まるで、宮沢賢治の『注文の多い料理店』のような展開でした。
店名の本当の由来。その洒落た解き明かしが、『張りのある声からは想像できないくらいに女店主は老けていた。優に七十歳を超えていそうだった。』という現在とのギャップを感じさせ、面白く読むことができました。

ログイン