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吉岡 幸一さん

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性別 男性
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雪は独り白く

18/01/04 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:277

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 赤い雪が焼鳥屋の店先にふっている。忘れてしまいたい悲しみが赤い雪に乗って舞いあがっていく。
「ごちそうさまでした」
 引き戸を開けて出てきた彼にお礼を言って頭をさげると、彼は硬い指先で私がさげた頭をポンとたたく。
「どういたしまして。これからどうする」
 慣れたようにそう聞く彼に困ったような素振りを見せながら私は答える。
「もう帰らないと。親がうるさいから」
「もう少しくらいいいだろう。静かな場所でお話しようよ」
 静かな場所が何処くらい私にもわかる。嫌ではないけれど少し悲しい気持ちになってくる。一人暮らしの私には親のお小言など関係がない。いつものお決まりのセリフを言って、似たような反応にまた次のお決まりのセリフを答える。
「また今度ね」
 食い下がられる前に足早に彼のもとを離れていく。満面の笑顔を浮かべ、楽しかったという言葉を残しながら。
 駅に走っていくふりをしながら私は街の奥に姿を隠す。家に帰るつもりはないし、帰りたくもない。独りぼっちで過ごすには夜はあまりに長すぎる。
 いつものコンビニの前で彼が待っている。先ほどの彼とは違う彼。好きなタイプではないけれど、彼は私を好いてくれている。
「遅れてごめんなさい。残業で遅くなってしまって」
 平気で嘘を言う自分が情けないけれど、正直に言うよりも優しいと思ってしまう。
「ご飯でも食べようか」
「お昼ごはんが遅かったから軽いものがいい」
「ならカフェで軽く」
 優しく気遣ってくれる彼と腕を組んで歩く雪ふる街は温かい。
「もうすぐ誕生日だね。何か欲しいものはあるかな」
「何もいらない。一緒に過ごせたらそれでいいの」
 きっと彼は暖かなマフラーをくれることだろう。私が首筋をおさえて震える姿を見ているのだから。
 カフェでケーキセットを食べて外に出ると、彼は強い力で腕をつかむけど、私はすばやく体を引いて悪戯っぽく笑うの。
「はやくお家に帰らないとお父さんに怒られてしまうの。また今度ゆっくりね」
「送っていくよ」
「大丈夫、子供じゃないんだから」
 追いかけてこようとする彼にはわざと怒ってみせる。すると彼は手を振って見送ってくれる。嫌わないから安心してね、心の中で思いながら私は終電に間に合うように歩みを早める。
 傘をさすほどの雪ではないけれど、一つの傘の内側で腕をからめて男女が歩いている。駅へ向かうよりも駅から遠ざかっていく男女のほうが多くいる。私は目をそらしながら駅に向かっている。酔い潰れた会社員の背広の間をぬうように進んでいく。
 駅前に立っていた髪の長い男が私の前に立ちふさがると、作り慣れた笑顔をむけて話しかけてくる。
「もう終電は行ってしまいましたよ。よかったら僕のポルシェでお送りしましょうか」
 終電にはまだ間に合うことくらいわかっていたが、私は軽く男の誘いに応じてしまう。
 予想していた通り男の部屋に誘われて、流れるままに泊まってしまう。けして嫌ではないけれど、なんだか惨めに感じてしまう。
 男が目覚める前に部屋を出てみると、雪はまだ降っていて白く街を染めている。普段は乗らない地下鉄に乗ってマンションからすこし離れた駅で降りて歩く。
 いつもの駅なら徒歩二分のマンションが今日は徒歩で二十分はかかりそう。白い風、白い道、白い街路樹、赤いコートに舞い降りてくる雪は留まることなく溶けていく。
 マンションの前に彼が立っている。九日前に知り合った彼。昨日の彼らとは違う彼。次に会う約束の日までにはまだ四日はあるはず。
「昨日は帰ってこなかったんだな」
 朝帰りの私を責めるような目で睨んでくる。
「残業で遅くなって、お友達の家に泊めてもらったの」
「男の部屋に泊めてもらったんだろう」
「違うよ。彼氏はあなただけだし」
 私は泣く。涙を流す。嘘の涙ではなく、この瞬間は真実の涙、後になると偽りの涙を。
「お誕生日おめでとう」
 彼のポケットからは指輪。私は遠慮しながら受取りすぐに指にはめてみる。雪の景色に赤い石がはえる。
「部屋にあがってもいいかい」
 私の返事を聞く前に建物のなかに入ろうとする彼を静止する。
「疲れているの。とても疲れているの」
 申し訳なそうに言うと彼は背中を向けて去っていく。何も言わず、振り返りもせず、走り出しそうな勢いで去っていく。
 これで終わるかもしれないと感じつつも、後でお詫びのメールを送ってみようと思う。
 私は部屋に入り写真を見つめる。亡き夫の写真に手を合わせ、かたく瞼をとじる。
「お誕生日おめでとう、あなた」
 雪はふりやまない。窓ガラスは濡れている。




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