1. トップページ
  2. 水底のマヤーリュビーマヤ

君形チトモさん

「きみがた チトモ」と読みます。

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

水底のマヤーリュビーマヤ

18/01/01 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 君形チトモ 閲覧数:94

この作品を評価する

 初夏のある夜。近くの村へ寄った帰り、数年前行方知れずとなった恋人に再会した。
「ゾーイカ!」
 白樺の森にひらけた、月の光が静かにおりる場所。あの頃と変わらない彼女が白い服を着て、木から吊るしたブランコに腰かけて歌っていた。自分を呼ぶ声にゾーイカは歌を止め、僕の姿を認めると微笑んでブランコからするりと降りる。僕は駆け寄った。
「ゾーイカ、今までどこに行っていたんだい? ああ、でも無事だったんだ……」
 気弱な僕と優しいゾーイカ。同じ村の幼馴染で小さい頃から一緒だった僕たちは、大人になっても一緒で、結婚の約束だってしていた。なのに、ゾーイカは突然いなくなってしまった。
「……ごめん、ゾーイカ。僕はきみがいなくなった後、きみの親友のシューラと結婚したんだ。悲しみのあまり日々の生活すらままならない僕を支えてくれて、僕は、シューラとなら、と思ったから」
 ゾーイカはじぃっと僕を見ている。僕は目をそらした。
「本当にごめん。でも、また会えて嬉しい。よかったら今度家に遊びに来て。きみが無事だと知ったら、きっとシューラも大喜びさ。それに、ゾーイカがどうしてたかも聴きたいし」
 じゃあ僕は村に戻るよ。僕はその場を立ち去り、家に帰って夕飯の支度をする妻にゾーイカの話をした。
「出たの? ニガヨモギを持たせていたのに」
 うっかり口にした、という印象。我に返った妻の顔は蒼白だった。
 最近村では悪戯が多発していて、老人たちは「ルサルカの仕業だ」と騒いでいた。ルサルカは春から夏に現れる、女の姿をした水の精霊たち。川に棲み、あたたかくなると陸にあがってくる。遊びや悪戯を好み、時に人を川へ引きずり込む。とはいえ、今の若者でその存在を信じる者はほとんどいない。でも妻はルサルカ避けのニガヨモギのお守りを僕に持たせ、僕も妻の厚意を蔑ろにするのは悪いからと持ち歩いていた。
「どういうことだいシューラ。……ゾーイカがルサルカになったと、初めから検討がついていたのかい?」
「……違うわ」
 ルサルカになる者は、死産だった子供、若いうちに死んだ女、溺死した女。そして、殺された女。
「きみはまさかゾーイカを」
「違うわ」
 妻は落ち着かない様子で鍋をかき混ぜている。
「シューラ」
「違うッ!」
 妻は髪を振り乱して怒鳴る。その剣幕に息を呑む。同時に妻は、そばにあった椀をひっつかんで投げてきた。手当たり次第に飛んでくる食材や食器に怯みながらも、落ち着かせたくて声をかけようとした瞬間、ドン、とお腹に何かぶつかったような気がした。不思議に思って目をやる。
「あ」
 声を漏らしたのは僕か妻か。僕のお腹から、ナイフが生えていた。そばにあったナイフを僕に投げてしまったのだ。血の気の引いた顔で膝から崩れる妻を見て、僕はよろよろと家から出ていった。
 気づくと森へ来ていた。おぼつかない足取りでふらふらと、森のひらけた場所に向かう。ゾーイカの姿は見えない。どうしていないのだろうと考え、懐のニガヨモギのお守りを投げ捨てた。
「ゾーイカ!」
 名を呼ぶと、ゾーイカは森の奥から現れた。月光のような笑みを浮かべ、白い服が淡く光っているように見える。互いに駆け寄る。ゾーイカは僕のお腹のナイフに目をとめるも、触ろうとはせずに両腕を僕に差しのべる。僕は、あの頃のまま時が止まってしまったゾーイカを抱きしめた。昔のように背へ腕をまわし胸に頬を寄せるゾーイカは、しばらくするとそっと体を離す。そして僕の手を両手で包み、くい、と引っ張った。ゾーイカの笑顔は愛しさにとろけるようで、恋人だった頃を思い出す。僕が頷くと、ゾーイカは手をとったまま駆け出した。何度もこちらを振り返りながら走る姿。子供の頃もよくこうやって駆け回った。夜の森を二人で手をつないで駆け、そうしてゾーイカが僕をつれてきたのは川だった。くい、とゾーイカがまた腕を引いた。嬉しそうに笑うゾーイカに導かれ、僕も手をつないだまま川に入り、足のつかないほど深いところへどんどん歩いていく。口元まで来た水に噎せた瞬間、水の流れに足をとられて川に飛び込む。ごぼりと泡の音がした。ゾーイカの手が離れる。待ってと言おうとして、口から水が流れ込んでくる。意識が朦朧する。視界が黒く閉ざされていき、手足が重い。川の中でもがいていると、胴と背に何か当たった。ゾーイカが、僕を抱きしめていた。ゾーイカに怪我をさせてしまうかもしれないので、僕はもがくのをやめた。彼女の顔を見つめると、安心させるように微笑んでくる。僕も川の中で微笑んだ。
 沈んでいく中、川底に目をやる。幾人かの男性の腐乱死体の中に、たった一つだけ、見覚えのある女性の死体。僕もあの中に加わるのだろう。川の中、死者の世界で、永遠にそばにいられる。僕はゾーイカを抱きしめ返して、水底の最愛の人の唇に、自分の唇を寄せた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン