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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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消えてゆく悲劇に、私たちは

18/01/01 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:7件 冬垣ひなた 閲覧数:621

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 溢れかえった悲劇のニュースが、一つ、一つ、世の中から消えていく。
 多くの人が悲しみに耐えかね、その存在を手放してしまうのだ。生きていくために仕方がないと呟きながら。
 私たちは、どうなのだろう?
 ……ある日、友達が死んだ。
 無理心中と呼ぶには陰惨な事件の巻き添えだった。


 あと1年くらい通えば卒業する小学校から、O君がいなくなったという事実は、先生の口からは事務処理的に述べられただけだった。そしてあとに残された私たちは、否応なく大人の事情で分別されていく。
「団地の集会所でO君のお通夜がありますが、皆さんもご存じのとおりとても小さな場所です。お友達でも、団地に住んでいる人以外は行かないように」
 こうして団地の外の住人である私は、O君とのお別れに加わることを、にべもなく却下された。心の置きどころではなく、社会の枠にはめられて彼から遠ざけられる私たちを、亡くなったO君はどう思っているのか。それが心配だった。
 団地の住人だったHさんは、あとでお通夜の様子を語ってくれた。
「……何ていうか……寂しかった。ほとんど人がおらんかった」
 皆あの事件を避けている、子供の私たちでも周囲の空気は敏感に感じた。
 団地という密接した空間に、灯油を撒いて火を放つことが、どれほどの人命軽視か。O君の父は、O君の命を奪っただけでなく、大勢の住人を危険にさらしたのだ。先生の淡々とした対応は、O君の父に湧き上がる怒りを隠すためだったのかもしれない。
 振り返れば、私たちはまだ幼く、友達を失った悲しみに没頭していられたのは幸いな事だったのだと思う。


 しばらくは日常が世の中の上澄みをすくうように味気なく感じられた。
 何事もなかったように、学校で授業を受けて、放課後遊んで、家に帰って寝る。毎日を意識的に済ませるようになったのは、いつもO君の事が心の片隅に引っかかっていたからだ。
 大人の言う通り、あれで……良かったんだろうか?
 突然に人生の幕を閉じた友達と、永遠の別れをする。その場面は私が思っていたものとはひどく違っていた。たくさんの友達がいた彼に不釣り合いな、寂しい別れだった。
 悲劇を見ないふりで、忘れたように振る舞う大人の真似をするには、多分思い出が多すぎるのだ。私は漠然と思った。


 そんなある日、私の家に電話がかかって来た。
 電話の主はクラスメイトのY君だった。
「……あのな、O君のお母さんと弟が引っ越すんやって」
 O君の家族がこの町からいなくなる……。複雑な事情は子供の私にも察することが出来た。
「いつ?」
「何日か後。俺の弟な、O君の弟と親友やねん。最後にどうしても会いたいって言うててな……」
 私と仲の良いY君の家も団地の外にある。O君を見送れなかった彼もずっとやりきれない気持ちを抱えていたのだ。だから弟たちにだけは、そんな思いをさせたくない。強い感情が言葉からにじみ出ていた。
「お前さ、俺らの班長だろ?弟も頼ってて……一人じゃ会いづらいから、一緒に来てほしいっていうねん。班員を集めてくれへんやろうか?」
「分かったわ」、私は迷いから解かれたように答える。私たちはO君の味方だ。これ以上、失う事に後悔したくはなかった。


 翌日、Y君の弟と班員を合わせて7名で、団地のグラウンドに待ち合わせた。晴れた日差しが眩しい中に、O君のお母さんと弟の姿が現れて、私たちは打たれたように息を飲む。
 事後処理のために無理に退院したのだろうか。お母さんは頭や腕も白い包帯で巻かれた痛々しい姿で、やはり人目を避けたい状態だろうに、私たちの最後の頼みのために、わざわざ出向いてくれたのだ。
 こんなにも、こんなにもいい人なのに……。
 何故、金属バットで殴られ殺されかけたのか。私は溢れ出る感情で、泣かない事に精一杯だった。
 対照的にO君の弟は火傷もなく無傷で、この事件でそれだけが救いだった。小学生としては大柄だったO君は、怪我した母や小さな弟を庇い、父親を止めようとして火災に巻き込まれたのかもしれない。
 長い沈黙が、私たちの間に流れた。
 ありのままを見て感じる。私たちの前にいるのは、ニュースや大人の事情から解放された、人間の温かみを持った母子だった。
「いままで遊んでくれて、ありがとうねぇ」
 涙ぐむお母さんの言葉は、強く強く胸に焼き付いている。
 

 O君のいなくなった世界は、ひどく複雑な仕組みで作られた時計のようだ。悲劇を置き去りに、急かすように時間は前へ進んでゆく。
 別れは思い出に昇華され、私たちはひっそりとO君の魂を弔う。お母さんと弟がその後どうしているのか、もう知るすべはないけれど、元気でいて欲しい。
 O君。いつかまっさらな魂になって、地上に戻っておいで。
 私たちは忘れずに、いつまでも待っている。


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このストーリーに関するコメント

18/01/01 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・こちらの作品は冬垣の自伝小説です、『崩れてゆく世界で、私たちは』『再生してゆく未来で、私たちは』と三部作になっています。
・画像は「写真AC」からお借りしました。

18/01/06 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。


毎日といっていいほど起きる悲しい事件。それを聞いて胸が痛いのはいっときで、すぐに忘れてしまえるのは
当事者を知らないから。
もし自分が当事者の近くで生きていたら……そんな風に思ったら、このお話が本当に起きた出来事のように感じられました。

18/01/06 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、お読みいただきありがとうございます。

私自身の体験談ですが30年以上前の事ですから、現代にフィットした感覚で書き上げるのが難しかったです。今まで人にはあまり話したことはなかったので、お読みいただいて世の中の悲しい事件について感じて頂けて良かったと思います。

18/01/17 沓屋南実

こんにちは。

3作とも読ませていただきました。
O君の温かさがリアルに残り、対照的に大人達の冷たさがしみじみ感じられました。
残された悲しみに子どもの立場で読んでしまいます。
陰惨な事件、今ならカウンセラーを学校に派遣するところでしょうか。

18/01/17 冬垣ひなた

沓屋南実さん、お読みいただきありがとうございます。

こうやって誰かの死を背負うとき、ある種の覚悟が必要だと思のです。改めて振り返ると、やはり大勢の友達に助けられたと感じています。カウンセラーやPTSDの言葉もない頃のお話ですが、こういう子供たちの行動も知って頂けると嬉しいです。

18/01/18 待井小雨

3作品とも拝読させていただきました。
毎日目にし、消費されるように流れてゆくニュースは、当事者や周囲の人たちにとっては一生心に残り痛みを与え続ける悲劇なのだな……と思いました。
大人たちのようにうまく心に仕舞うことも出来ない子供たちはこの事件をそれぞれどう抱えていくのか……やるせなさと悲しみを感じました。

18/02/01 冬垣ひなた

待井小雨さん、コメントありがとうございます。

実際の所、感情を整理するのには大変時間がかかりました。偶然ですが以前、毒入りカレー事件と、池田小無差別殺傷事件とで、私と同じような立場に立った方たちの話を聞く機会があり、執筆の動機となりました。ニュースでは報道されない声を感じるきっかけになってくれたら……と思います。

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