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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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スーサイド・ワールド

17/12/31 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:101

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 会社からの通達は次の通りである。
「大晦日やら正月三が日などというばかげたシステムを採用しているのはこの国だけだ。当社は世界基準でものごとを考える。あとはわかるな?」
 ここらで持論を表明してみたい。みんなちょっとばかり働きすぎてないか?

     *     *     *

「あたし、今日は絶対――いいですか先輩、これ片づけたら絶対! お昼で帰りますからね」
 後輩のかすみは雄々しく決意を表明した。大晦日の午前十時すぎ、間もなく地球が滅びるのを課員みんなが知っているかのような雰囲気のなか、反骨的な態度をとれるのには感服する。
「好きにするがいいさ」わたしは寝不足の目をこすりながらパソコンと格闘する。「誰も止めやせん」
「おかしいと思いません? なんであたしたち大晦日まで仕事してるんです」
「罰当たりな業界に入ったと思って観念するんだな」あくびをひとつ。「就職説明会のときに人事が釘を刺したはずだけどね」
「聞いてませんよ、そんな話」
 あの人事部長ならやりそうなことだ。ほんの一インチでもましな人材を確保するには、ホワイトな職場であるとさかんに喧伝するのはひとつの手である。どっこい海運業界は遺憾ながら、そうした魅力的な描像からもっとも遠いところにある。
 会社の通達は決して嘘じゃない。外航船は一月一日を除いた三百六十四日、切れ目なく岸壁に滑り込んでくる。これをうっちゃれば荷役待ちの本船が鍋田埠頭やら飛島埠頭やらに鈴なりになって収拾がつかなくなる。誰かが出勤して本船管理をせねばならない。それは当然、われわれ船会社の仕事である。もしかすみが南の島へでもバカンスにいくつもりだったのなら、彼女は完全に業界選びをしくじったのだ。
 その失敗に一役買ったのがうちの人事部長だったにちがいない。年末年始はぜんぜん休めないという事実を隠すことによって。
「人事に文句言ってくれよ」
「とにかく来年度はちゃんと情報開示すべきですね」
 予定通り〈DS BLUEWAVE〉が着岸してくれた。中国船社はルーズな船長が多くて本当に困るのだが、こいつは(今回は)決められたスケジュール通り入港するだけの理知を持ち合わせていたらしい。
「本船が入港した。あー」むっつりと口をへの字に曲げている若者を招き寄せて、「木下くん。すまんがガントリークレーンの操作を頼む」
「桐谷さん、ひとつ言っときますけどね」木下青年は断固とした調子で、「コンテナを下ろしたらぼくはずらかります。たとえ勤務時間内だとしてもね」
「わかったよ。上にはそう言っとくから」木下一族の伯母上あたりが死んだことにでもしよう。
「現場から直帰しますから、そのおつもりで」
「なにか予定があるのかい」
 青年は丈夫そうな歯を見せて笑った。「大晦日ですよ。長島のカウントダウンにいかないと!」上着を羽織って走り去りしな、陽気に片手を挙げた。「それじゃみなさん、来年もよろしく」
「元気ですねえ木下さん」
「で、かすみ嬢も例のカウントダウンに馳せ参じる口かい」
「なんであんな寒いなか、わざわざ人ごみにもまれなくちゃならないんですか」肩をすくめた。「明日のお正月特売ですよ。少しでも早く帰って英気を養わないと」
「なるほどね」
〈SITC SHANGHAI〉、〈OOCL BRISBANE〉、〈TRINITY〉。パソコンのモニタには続々と入港予定本船が名を連ねている。

     *     *     *

 命からがらオフィスを辞し、寒風吹きすさぶ夜の街をぶらつく。大晦日でも店を開けている居酒屋のなんと多いことか。本当にご苦労さまである。一杯ひっかけていくことにした。
 ビールで焼き鳥を流し込みながら酔客どもの浮かれようを眺めているとき、不意に悪寒が走った。
 もしかしてわたしたちは自分で自分の首を絞めているのではなかろうか?
 大晦日に営業する長島の娯楽施設、元旦に特売日を設けるデパート。もし木下やかすみのようなやつら――家でおとなしくしようとしない活動過多な連中――がいなければ、そもそも両者は商売する必要なんかなかったはずだ。いっぽう需要があるならなんとしても供給せねばならない。たとえナショナルホリデーである元旦でもだ。
 特売の商品はどこからくるかといえば、ほとんどが諸外国からの輸入品である。コンテナ船が動く。管理のために駆り出される人間が必要になる。
 昨今の殺人的な仕事量はグローバル化やら新自由主義やらがもたらした害悪なのではない。それをわれわれ消費者が望んでいるのではないか? もしそうならこれほど自滅的な悲劇はほかにあるまい。世界規模の集団的な自殺……。
 いま喉を下っていったビールの小麦、これの原産国はどこだろう。
 特定はできない。だが日本でないことだけは確かだろう。


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