いっきさん

公務員獣医師として働くかたわら、サイトを中心に創作に励んでいます。

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井守

17/12/31 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 いっき 閲覧数:300

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穏やかに流れる清流。
メダカ達が喜ぶように泳いでいて、イトトンボが水面に尻をつけて波紋をつくり産卵している。
水草の中から、黒くて腹の赤いイモリが体を揺らしながら現れ、川底の泥に足をつけた。

今となってはこの国でも珍しい、昔ながらの清流。
清らかな川と青々とした山林が、村民達に豊かな恵みをもたらしていた。



ある時、この村を囲む山の麓に製薬会社が建てられた。
会社から、最新の農薬が村民達に売り込まれた。
その農薬を使うと、稲の害虫が全滅し米の収穫が飛躍的に上がる。

「やめとけ、やめとけ。そげな恐ろしい薬を使ったら、水の神様『井守』に祟られるぞ」

村の老人達は、皆、農薬の使用に反対した。
しかし、若者達にとっては米の収量の飛躍的なアップがこの上なく魅力的で、その農薬を使い続けた。

その結果、その清流から小魚の姿も水生昆虫の姿も消失した。
川のイモリ達も皆、赤い腹を上に向けて川の中で息絶えていた。

そんなある日。
村民達の家の中にイモリが現れるようになった。
イモリは両生類。
本来は水場から離れることはなく、家の中に入るわけがないのだが、何処からか這い上がり、家へ入ってくる。

「それ、見たことか。お前らみな井守様に祟られたんじゃ。ああ、恐ろしや、恐ろしや。井守様、どうか、お許し下され」

老人達はイモリに向かって手を擦り合わせ、涙ながらに許しを乞う。

若者達は、

「何を、馬鹿なことを」

と老人達を嘲るが、この上なく気味悪く感じていた。

やがて、村では世代が交代しかつての老人達はいなくなった。
若者達は、好き放題に村の自然を壊した。

木を切り倒し、木材を都会に売りさばいて収入を得た。
村の周辺の山々は、見るも無残な裸地と化した。

若者達は山の麓にある製薬会社へ入職し、薬剤の廃液を元の清流へ流し込んだ。
清流だった川は、その面影もないほどにドロドロのドブ川となり、村民達の家へ現れていたイモリ達も、いつしか姿を消してその村ではイモリを見ることはなくなった。

やがて、村は町へと変わった。
近代的な住宅が建ち並び、昔の自然豊かな村を知る者は誰一人としていなくなった。

その年。
その町はかつてないほどの嵐に襲われた。
降りしきる雨に、誰もを吹き飛ばすほどの風。
町民達は、町の避難場所へこぞって避難した。
しかし……山の裸地が崩れて土石流となり、町民達を皆、生き埋めにしたのだ。
それと同時に、あの川……ドブ川となっていた川が氾濫した。
その町、かつての自然豊かな村だった町は大洪水に襲われ、水の中に沈んだ。

町の全てが沈んだ水の中。
沢山のイモリが泳いでは住宅に足をつけ、泳いでは足をつけ、まるで子供達が遊んでいるようにゆらゆらと舞っていた。



数十年後。
水が引き、その土地はもとの自然豊かな土地となった。
人間は住んでおらず、緑の山々から美しい清流が流れている。
しかし、山の麓にはあの無人の製薬会社が不穏に聳え立っていた。

ある日、遠くの町から来た人間が、その製薬会社を見つけた。
その人間は、製薬会社を再稼動するとともにその土地を開拓することを思いつき、意気揚々と自分の町へ足を向けた。
その様子を、山間の小川から『井守』が無言の眼差しで見つめていたのだった。


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