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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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叔父さんは泣き虫

17/12/31 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 待井小雨 閲覧数:354

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 叔父さんは子どもの頃、泣いてばかりでいつも目が真っ赤だったという。
「あいつは泣き虫だったんだ」とお父さんは言う。
「嘘だぁ」
 叔父さんとは一緒に暮らしているけれど、泣くところなんて見たことが無い。
「大人はみんな泣かないんじゃないの」
「大人だって泣くさ、こっそりとな。だけどあいつは本当に泣かない」
 若い頃に心が潰れるほどに悲しい出来事があり、その時に一生分の涙を流してしまったのだと言う。
「いつまでも泣き続けるあいつを見るのは辛かった。だから涙を見せなくなってほっとしている。……だけど、それは何か違う気もするんだ」
 お父さんは哀しそうに言った。

 叔父さんは、悲しい映画を見ても辛いニュースが流れても本当に涙を見せなかった。
「玉ねぎなんか持ってどうした?」
 おじさんが首を傾げる。
「叔父さんの目の前で刻もうと思って」
「甥っ子から嫌がらせを受けるとは」
「涙は流した方がいいんだよ」
 その方が心が楽になるとどこかで聞いた。
「気にしてくれていたのか。だけど大丈夫。叔父さんの涙はとうの昔に全部流れてしまったんだ」
 俺は苦しみも悲しみも無縁な所にいるのさ、と嘯いた。
 嘘だ、と僕は思う。叔父さんは悲しい映画には顔を覆って辛そうにするし、暗いニュースには眉をぐっと寄せてテレビを見つめる。悲しみを感じなくなったわけじゃない。
 叔父さんは流せない涙を飲み込んで、体の奥に閉じ込めてしまう。そして溜まった涙はたぷたぷと、叔父さんを内側から揺らし続けるのだ。

 両親が交通事故に遭った時、僕は中学生だったけれど小さな子供のようにひどく泣きじゃくった。
 叔父さんはそんな僕の肩を支えて、きっ、と強く虚空を睨んでいた。僕の中に雪崩れ込んでくる悲しみを射落とそうとでもするように。
 叔父さんは歯を食いしばって唇を引き結び、そうしてずっと耐えていた。

 両親は亡くなり、叔父さんと二人で暮らすようになった。
「泣かないんなら玉ねぎを切ってよ、叔父さん」
「俺だって玉ねぎは嫌だよ。しみるんだもん」
「僕もしみるから嫌だよ」
 軽口を交わして二人で食事を作る。叔父さんが仕事で遅い時は僕が作ったし、「お前の料理は大味すぎる」と叔父さんが作ることもあった。僕らの暮らしは僕が高校を卒業するまで続いた。
 上京することなった時、叔父さんは大きな鞄を持って玄関に立つ僕をじっと見つめた。
「一人で平気?」と問えば「別に平気さ」と叔父さんは無理に笑う。
 叔父さんに寂しさを飲み込ませているのが嫌だった。けれど謝ったところで、叔父さんはきっと「何で謝るんだ?」と明るく振る舞うのだろう。
 いつになったら僕は叔父さんを涙の湖から掬い上げてあげられるのだろう……。

 いくつの季節が過ぎただろうか。
 仕事で辛い時やふと淋しさを覚えるような時は、叔父さんに電話をして気持ちを落ち着けた。叔父さんはいつも僕の心を救ってくれた。
 久しぶりの帰省をし、こたつに入って雑談をする。みかんを手で揉む叔父さんに、僕は一枚の写真を差し出した。僕と同い年の女性が映っている。
「……? 綺麗な子だな」
 だろう? と僕は笑う。
「その子と結婚をしようと思うんだ。今度連れてくるよ」
 叔父さんはみかんを手に口を開けたまま、動きを止めた。
「けっ――こん」
「うん。とても素敵な子だよ。叔父さんと一緒に暮らしてもいいかと訊いたら、楽しそうって喜んでくれ……」
 そこで僕は言葉を止める。叔父さんの目に見たことが無いものが浮かんでいたからだ。
 驚く間もなく、透明な一滴が流れた。
「叔父さん、涙!」
 僕は叫び、こたつの天板に足をぶつけながら立ち上がる。
「おじさんが泣いてる! カメラ! 写真!」
 一緒に映って! と肩を寄せてカメラを構える。
「こらやめろ、年寄りの涙をからかうな」
 だって……と胸が詰まった。
「嬉し泣きしてくれるなんて、思わなかった……」
 哀しみをたぷたぷ抱えて生きていた叔父さん。その人が今、喜びに泣いている。
「お前の結婚なんて最高に幸せなこと、嬉しいに決まってるじゃないか!」
 叔父さんは袖で涙を拭った。
 ……ああ、やったぞ――僕は歓喜する。叔父さんの内に満ちていた悲劇の痛みに勝ったのだ!
 僕は姿もわからぬ何かに向けて、大きく喝采を上げた。

 あれ以来叔父さんは他愛ないことで泣くようになった。哀しみの涙の栓がすっかりと溶け消えたようだった。叔父さんはもう、涙を飲み込んで耐えたりしない。
 先日、僕に子供が生まれた。叔父さんは「良かったな、やったな」と何度も言った。
 いつか子供に叔父さんの聞かせる時、きっと僕は『叔父さんは泣き虫でいつも目が真っ赤だったんだ』と語るのだろう。
『お前を抱き上げて「幸せになるんだぞ」とぼろぼろ涙を零していたんだ』――と。


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