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yuriさん

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春を売る

17/12/30 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:0件 yuri 閲覧数:98

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 幼い頃、父に手を引かれ、歩いた桜のトンネルは燃えるように美しかった。桜吹雪は激しく、そして儚く、私の視界を覆った。
 けれど十七の春、どうして私の桜はこんなにも醜く散るのだろう。
 昼休みの騒がしい教室、口の中の卵焼きが、唾液の中で気持ち悪く溶けた。それを仕方なく喉へ押し込むと、周りの甲高い声が私の耳に入る。
「かぁわいい」
 机一面にゴチャゴチャと、若さでむせかえりそうな雑誌を広げ、彼女たちは楽しそうだ。
「ねぇ、コトミ、これとか似合いそうじゃない?」
 そう言って、隣の彼女が指さすのは、お嬢様系のふわふわとしたピンクのニット。
「そうかなぁ、ちょっと可愛すぎない?」
 そう言って私は苦笑い。
「いや、コトミは絶対こういうの似合うよ! セイソっていうの?」
 言葉の足りない彼女たちが私を形容するために使う言葉は限られている。清楚、可愛い、真面目、おとなしい。学校での私の評価はそんなところ。どうでもいいけれど。
 帰り道、歩きながらメールの受信ボックスをチェックすると、いつものように母からのメールが一件、未読マークを付けていた。
「琴美、今日は何時ごろ帰る? 晩ご飯はシチューだよ」
 私は無表情に本文を読み終えると、慣れた手つきでキーボードに嘘を吐く。
「ごめん! 今日ミカにご飯誘われちゃった! (汗)シチューは明日いただきます。ありがとう(笑顔)」
 打ち終えたところで、受信ボックスに未読マークを付けたメールがもう一件増えた。
「件名 らぶチャット 本文 こんにちは。サイトでコトミちゃんを見つけました。かわいいね。二十八歳、ユウトって言います。今日の二十時からとか、どうですか?」
 私はこれもまた無表情に読み終えて、適当に了解の旨を打った。
 駅に併設されたモールへ向かうと、だだっ広いトイレのドアに鍵を掛ける。本当の制服を脱ぎ、アニメキャラが着ているような、少しばかり子どもっぽい制服に着替える。こっちの方がウケはいい。時に、現実感に乏しいということは魅力的だ。
 次いで後ろに引っ詰めた髪を一気にほどく。バサリ、と黒い髪が顔の前に落ちてくる。そのまま一つ、大きく息を吐いて、私はドアを開けた。
 待ち合わせに指定したされたのは、駅前のファストフード店。目印の赤いショッピングバックを脇に置いた彼は窓側の席に座っていた。程よく着崩したスーツ、顔によく溶け込んだ黒縁眼鏡。こんな小娘をわざわざ買わなくても十分にそういう相手は見つかりそうな男だと思った。しかし、そんなことを考えて、まあ何でもいいか、とすぐに小さく溜息を吐く。何でもいい、言い聞かせるようにもう一度呟いて、その男に向かって軽く手を振った。
 挨拶も程々に、彼が私を連れてきたのは裏路地のホテル。無駄に煌びやかな電飾と遊郭をイメージしたような派手な色使いが貧しい印象を与える。
 部屋に入り、男はすぐに服を脱ぎ始めた。それならば、と私もすぐに制服を脱いで、ブラジャーとショーツの無防備な姿になる。面倒くさいのは嫌いだ。男は私のショーツに手をやると同時に、首筋に唇を這わせた。
 気持ちいいって訳じゃない。特段、金に困っている訳でもない。
 ただ、私は空っぽで、私は空っぽが怖い。無駄に過ぎていく時間も、無駄に浪費される心も、それらと同時に死んでいく私の若さも、すべてがどうしようもなく恐ろしかった。
 男は私をベッドに押し倒すと、さらに勢いを増して私の肌に吸い付いてくる。
少なくともこうしている瞬間、私は空っぽの現実から解放される。私は腰をくねらせながら、冷静に思う。この綺麗なくびれもあと数年。私の春は一瞬。私は私の春を売って、心の虚しさを埋めることに必死だ。
 けれど、絶頂の寸前、男の動きが唐突に止まった。驚いた私は、なぜ? と、困惑の表情で男の顔を見た。けれど、私がいくら目を懲らしても、その表情を窺うことはできなかった。なぜならーー
 私は泣いていた。声も上げず、静かに。溢れ出す涙が視界を曇らせる。
 男は何も言わず、そそくさと服を着て部屋を出て行った。私はベッドに押し倒された姿のままその天井を見つめる。安っぽいシャンデリアの向こうに激しい桜吹雪が描かれていた。
 私は無様に顔を歪めて、声にならない声で叫んだ。

 まだ、散らないで、私の桜。


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