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今井 舞馬さん

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ギフト

17/12/30 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 今井 舞馬 閲覧数:299

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 李桂は晴れ晴れとした気分で空を仰いだ。戦勝がもたらした高揚のせいか、清々しさが全身を支配していた。
城壁の頂から城内を見渡すと、自軍の兵士たちが勝鬨を挙げていた。敵兵の屍を踏み、旗を掲げ、はち切れんばかりの雄叫びを上げる。荒々しくも生命力に満ちたその熱気が、さらに高揚を加速させた。 
 城壁の外に目を移すと、城内の喧騒とは一転、静けさと共に荒涼とした大地が広がっていた。
 李桂は、高ぶる感情を発散させるように、しばしその壮大な平野をを眺めていたが、ふと城壁の真下に目をやると、人間の生首が転がっていることに気づく。
 片付け忘れたか。李桂は何の気なしに城壁を下りると、外壁の生首へと赴いた。
 果たして、それは斬り落とされた生首ではなく、生き埋めにされた男の頭部だった。
 だだっ広い平野に、ただ一人埋められた男の首は、泰然とそびえる城壁のせいか余計に小さく映った。
 その男の様相は、哀れと形容するほかなかった。
 頸部を見るだけで判る屈強な体躯は、あますことなく地中に固められ、蒼巾で結われた頭部のみが打ち立てられた杭先のように辛うじて地上に存在していた。
 立って歩くことは勿論、自刃することさえ奪われたその男は、しかし毅然と、それでいて哀愁の漂う面持ちのまま、遥か遠くを見据えている。
「何を……見ているのですか」
 李桂は男の視線に沿うように横で胡坐をかき、霞む山肌をぼんやりと眺めながらそう尋ねた。
「……わかるでしょう。山のふもとの村は私の故郷です」
「ああ失礼。そうでしたね。あなた方は村を守るために戦ったのですから。色々と……思うところがありましょう」
 李桂は、霞みがかったその山よりもはるか遠く、大海の広がる自らの故郷を思い浮かべた。
 鼻腔をつく潮の香り。網の中で跳ねる魚たち。寄せては返す波のさざめき。郷愁の念が胸を襲う。久しく忘れていた感情。帰りたい。李桂は純粋にそう思った。
「帰りたい」
 男は、そんな李桂の胸中の想いに重ね合わせるように呟いた。
 李桂は狼狽した。自分が生き埋めの男であるような錯覚に陥った。
「あなたの故郷は、桃が……名産だと聞きます。今頃は花の盛りでしょうから、さぞ綺麗に彩られているに違いない。帰りたくもなります」
 李桂は濁すようにそう答えた。
「ええ。その通りです。それはそれはとても良い村です。村人も、皆よく働き、よく笑い、善く生きています。しかし、あなた方はそんなささやかな暮らしさえ破壊し、金品を奪い、凌辱を行おうとしている。あなたもその中の一人にすぎないのでしょう」
 男はいつの間に溢れたのか、涙ながらにこちらを睨んだ。その眼差しには明確な怒りが内包されていた。
「無論です。私も金品を強奪し、凌辱に加わります」
 男の村は明日にでも蹂躙が始まる予定だった。李桂は小隊長として部下の士気を高める為ら言わずもがな率先して略奪を行うのだ。
 判り切った現実に傷ついていく男の姿はもはや見ていられなかった。
 李桂はおもむろに立ち上がる。
 消えゆく故郷を眺めるしか叶わない戦士と、敵軍の李桂。相容れない存在。しかし子を想う心は、家族を想う心は共に同じ。敵として、また父親として敬意を示すべきであろう。
 李桂は左拳を手のひらで包み、頭を下げた。
そうしてゆっくりと、城内に向けて踵を返そうとしたその時だった。
「待ってください!」
 男の叫びにも似た呼び止めに、李桂は振り返る。
「私の……頭巾の中に、木彫りの人形が入っています。これを娘に渡してやってはくれませんか。一生懸命彫ったものなんです。せめてもの願いだ。どうか聞き入れてはくれないでしょうか」
 男は、嗚咽とため息が混ざったような苦しげな顔でこちらを見つめた。
 その憂いと慈愛に満ちた男の双眸は、まさしく娘を想う父親のそれだった。
 男の頭巾を解くと、小鳥の彫り物が姿を現した。粗の多い不格好なその彫り物には、しかし溢れんばかりの愛が詰まっているのを感じた。
「……ええ、わかりました、任せてください。必ず届けます。娘もきっと喜びます」
 李桂はそう言って踵を返した。
「え…………」
 男は李桂の言葉に少しばかりたじろいだが、それはすぐに諦観を纏った儚げな笑顔に変わった。
「ええ、そう……ですね。……娘さんも……きっと。喜んでくれると思います」
 
 男は、噛み締めるように言葉を発しながら、去りゆく李桂を、去りゆく想いを見つめながら悲しそうに、そしてどこか満足そうに、何度も何度も頷いたのだった。
 
 花琳……花琳……。
 
 城内へ戻る李桂の背後から、男のすすり泣く声が聞こえた。
 ファリン、娘の名前だろうか。李桂にはもはや関係のないことだった。
 李桂は、浜辺を駆ける愛しい我が娘の姿を思い浮かべながら、木彫りの小鳥を両手で優しく包み込んだ。



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