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いありきうらかさん

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ビタースイート

17/12/26 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 いありきうらか 閲覧数:200

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4月に研究室に配属された学生を見て、私は驚愕した。

私は過去に、同級生を殺された経験がある。
同じ研究室を過ごしていた同級生とは最寄り駅が同じで、気が合ったこともあり毎日連絡を取り合っていた。
帰り道を共に歩き、お互いの部屋にも出入りした。
ある日、連絡が急に途絶え、不安に駆られた私は彼女の部屋に向かった。
鍵の閉まっていない部屋に入ると、同級生は、怯えた表情で床と一体となり、剥製となっていた。
赤く染まったフローリングと、虚ろな黒が私の脳に深く刻み込まれている。
犯人は最後まで見つからなかった。

彼女はあの同級生と瓜二つであり、表情、仕草、姿、あらゆるものに面影を感じた。

彼女がこの研究室に来たとき、私は感じた。
「私が、彼女を守らなければならない」

彼女は私の全てを叶えてくれた。
研究室では熱心に作業を行い、議論も積極的に参加する賢い学生だった。
また、日常でも私の言葉を一文字も逃さず聞き、いつでも正しい相槌を打った。
妻が死んでからというもの、会話の方法を忘れてしまった私は、このときのみ会話という手段を取り戻していた。
研究以外に何も残されていない私にとって、至福の一時であった。

私は彼女のためになることであれば全て行ったつもりだ。

彼女は熱心さが災いし、毎日研究室に深夜まで残る熱心な学生だった。
しかし、彼女が深夜研究室を抜け、夜道を一人で歩いているのを想像するだけで、私の頭は割れそうだった。
胃からは熱湯が喉まで上昇してきた。
世界が回転するような目眩を覚えた。

深夜まで研究室に残る彼女を私は、送って帰るか何度も誘った。
実際に何度も送り届けてあげたし、車内では彼女との時間がさらに濃密になったような心地がした。

彼女は度々、考え事をしたいから歩いて帰りたい、と言った。
私にはこの言葉の意味がまったく理解できなかった。
考え事をするならば、家や研究室で行えばいいというのに。

発作があまりにひどくなり、彼女に正直に打ち明けた。
同級生のこと、私自身の発作のこと、それに対して協力して欲しいということ。
彼女には無事家に着いたかどうか毎日連絡するように伝えた。

発作のことを伝えても彼女は一人で帰るのをやめなかった。
むしろ、私が送り届ける回数は減っていた。
彼女が研究室を出てから、彼女の後ろを密かに追いかけ、無事帰っているかどうかを見届けた。

彼女が報告を忘れていた日には、私はなりふり構わず彼女を探した。
気がつくと、私は彼女の家の前で駐車し、車中で眠りに落ちていたこともあった。

送り届けるのが一番安心な方法ではあるが、彼女を無理に連れて行くことはできない。
そのため、仕方なく私は彼女が帰る前に先回りし、彼女の部屋の電気が点灯するのを確認した。
ある日の夜、いつも通り彼女から報告が来た。しかし、部屋の電気は点灯しなかった。
私の脳内には、「裏切りに対する失望」で作られた血液が駆け巡り、熱を帯び膨張した。

翌日、彼女を研究室に呼び出し、非難した。
どうして私の気持ちがわからないのだ。
私は誰よりも君のことを守りたいと思っているのに。

ヘッドフォンをして夜道を歩いている姿を咎め、説教をしたこともあった。
研究室に来ない日も不安に駆られた時には連絡をした。
研究室の一員と帰ろうとしたときはそれを咎めた。
研究室のメンバーも、いつ牙を剥くかわからない。
彼女には申し訳ないことをしたかもしれない、ただ、全て彼女のためなのだ。

そして私は、彼女に対してできることなら何でもした。
彼女が希望する食べ物をいつだって用意した。
彼女の将来のためになると思った場所には講義を休講にしてでも連れて行った。
彼女の幸せを祈るメールを毎日送信した。
彼女を守れるのは私しかいないと感じていた。


しかし、こんなことになるとは思っていなかった。

私の目の前で、そう、彼女は、研究室のベランダから飛び降りて見せた。
怒りとも、悲しみも感じられない目で私を見つめていた。
あの目はいつかの、同級生の目と同じだった。
その目線が私を捉えていた時間は1秒にも満たないだろう、しかし、私には永遠のように感じた。

「もう耐えられない」
歪んだ文字が彼女の机の上に残されていた。
美しく整理された机の中で、その文字だけが凶暴さを孕んでいた。

私は、真っ白に塗りつぶされた脳で必死に考えた。
彼女を殺したのは誰か?
私は彼女の笑顔を守ろうとしただけだ。
彼女を死に至らせたのは何か?
私は彼女の幸福を守ろうとしただけだ。
限界だったのか?
私は彼女の全てを守ろうとしただけだ。

彼女の抜け殻をベランダから見つめながら私は唱えた。

私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。

思考から逃げるために目を閉じると、瞼の裏で、彼女の顔は微笑んでいた。


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