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蒼樹里緒さん

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性別 女性
将来の夢 趣味と実益を兼ねた創作活動をしながら、気ままに生活すること。
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サイケデリック・エクスタシー

17/12/25 コンテスト(テーマ):第151回 時空モノガタリ文学賞 【 あばずれ 】 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:334

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 彼女の落としたハンカチを拾ったのが、きっかけだった。何の気なしに歩いていた道端で。
 日傘の下から、相手が微笑みかけてきた。ふわりと、きっとハンカチが音もなく舞い落ちたのと同じように、やわらかく。十代後半か、二十代前半か、私と近い若さに見える。
 私の手から落とし物を受け取り、彼女は小さく舌なめずりをしてみせた。うっとりと私を見つめる瞳も、ぷるんと弾けそうな唇と同じく、濡れている。
 そうして誘われるまま、私たちはラブホテルでひとときをともに過ごした。行為の最中、熱に浮かされた彼女は、私の耳元で言った。
「あなたみたいな人とするのは初めてよ。楽しいわ、とっても」
 私もだよ、とつられて答える。
 おとなしそうな顔立ちなのに積極的で、汗の一滴さえも吸いつきそうな肌が気持ちよかった。ベッドの上で互いに揺れていると、大きなメリーゴーランドにでも乗ったような気分になる。シーツや天井の色までも目まぐるしく変わりそうなほどに、私たちは求め合った。
 そうして満足した後、私の隣に身を横たえ、彼女は愉しげに言ったのだ。
「私ね、相手の歳とかルックスとか職業とかで選り好みは全然しないし、同じ人とは二回以上寝ないことにしてるの」
「へぇ、どうして」
「それぞれに良さがあって、誰か一人のことを『特別』なんて思えないんだもの」
「じゃあ、君にとっては私も特別にはならないか」
「そうね」
 私の肩に、微熱の残る頬をすり寄せてくる。飼い主に甘える猫にも似て。
「私、きっと色情魔なのよね。最低でも週に四回は誰かに抱かれてないと、気がおかしくなりそうなの」
「だから私のことも誘ったんだね。随分遊び慣れてそうだなとは思ったよ」
「でしょう?」
 ゆるやかに波打つ彼女の長い髪を、私は優しく撫ぜる。
 身体の相性もいいし、気軽に話しやすい。一夜の相手として終わってしまうには、もったいない。自分の指の隙間に流れる髪が、私たちをつなぎとめる糸にも見えた。
「私みたいな女のこと、正式には色情魔じゃなくて別の呼び方があるらしいんだけど、よく知らないのよね」
「今まで寝た人たちは、教えてくれなかったのかい」
「ええ。どうでもいいんでしょうね。私も、どうしても知りたいってほどではないし」
「なら、教えてあげようか」
「本当?」
 目を輝かせる彼女に、私は微笑んでうなずいた。
「ただし、ひとつだけ条件があるんだ」
「何かしら」
「明日から一週間、私以外の誰とも寝ないこと」
 我ながらずるいと思う。けれど、試したいのだ。彼女がこの条件を呑むかどうか、本当にほかの誰とも一夜限りの遊びをしないかどうか、そして――その一週間で心変わりして、私だけを求めてくれるようになるかどうか。最後のは都合のいい願望だけれど、好奇心が疼く。
 彼女は意外そうにまばたきをして、困ったように笑んだ。
「私には結構難しそうな条件ね。でも、面白そうだからやってみるわ」
 連絡先を交換して、その夜は一旦別れた。彼女も大学生だから、明日からまたやってくる平日は、夜しか自由になれない。そこで、大学帰りに待ち合わせをして、二人で時間を過ごそうと決めた。
 カフェで甘いものを食べたり、カラオケボックスで歌ったり、映画を観たり。一日の最後にホテルへ行くまでは、そういう歳相応の遊びを楽しんだ。食べ物や音楽の好みもわりと合っていて、話す間も笑いが絶えない。
 ――本当に、このまま彼女の心が私でいっぱいになればいいのに。
 願ったのも束の間、七日目に約束は破られてしまった。いつもの待ち合わせ場所に、彼女は来なかった。繁華街の鮮やかな光が、黒い空へ一斉に噴き出す頃になっても。
 何かあったのだろうか。体調が悪いのだろうか。心配になりながらも、行きつけのホテルへ歩く。
 その途中で、彼女を見つけた。サラリーマンらしい中年の男と腕を組み、明るく笑っている。
 ――何だ、やっぱりそういうことか。
 冬でもないのに、自分の周りの気温だけが、すぅっと冷たく下がっていく気がした。
 彼らの正面へとまっすぐ進み、やあ、と軽く声をかける。私に気づいた彼女は、予想通り困ったような笑みを浮かべた。隣の男が、不思議そうに私を見る。
「君は、この子の友達かい」
「ええ、まあ。同じ女子大に通ってます」
 当たり障りない自己紹介をして、私はそのまま彼女の横を通り過ぎようとする。すれ違いざま、耳元に唇を寄せてささやいた。
「こうなったのは残念だけど、せっかくだから最後に教えてあげよう」
 私の恋は、次の瞬間に呆気なく終わる。繁華街の光でライトアップされた大きなメリーゴーランドは、もう二度と動かない。私は、彼女と結ばれる『王子様』にはなれなかった。

「君のような女を、人は『あばずれ』って呼ぶんだよ」


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