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徒然さん

ツレヅレと申します。 文章の裏側に隠した意図が伝えられる様になりたい。

性別 男性
将来の夢 孫の顔を見て死ぬこと 注:非リア
座右の銘 まぁ。

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人生勘定

17/12/24 コンテスト(テーマ):第121回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 徒然 閲覧数:285

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闇も深い深夜3時、ナースコールが目を覚ます。末期癌の実松さんの個室からだ。時間も時間である事から、私は少し強張った。

「はい、どうしました?」

「おぉ今日は若えのか。今日いっちゃん偉いやつに変わってくれや。」

予想より遥かに声色が明るく、安心した私は同じく当直の竹内主任に変わった。勤続25年を越す竹内さんは落ち着いたいつも通りの雰囲気のまま受話器を受け取る。

そこで私は違和感を覚えた。引き継ぎを受けた時には実松さんは寝た状態だと聞いていた。昨晩容体が悪化し、昼にようやく小康状態になったのだ。

その彼が、まるで1日入院の患者の様に若々しい声色で話せるのか。歴の浅い私は否と断定は出来なかったが、考えれば考えるほど違和感は蓄積していった。竹内さんの会話に耳を傾ける。

「はい竹ですよサネさん。どうしましたか。…うん……うん、あぁそうですか。ご自覚が。あぁ、うん、うん。とりあえずそちらに向かいますね。若いの連れてってもいいかい?あぁありがとう。はい今すぐ行きますよ。はい。はーい。」

入退院を繰り返しこの病院に長く暮らす実松さんと病院の看板に近い竹内さんの信頼関係が側から見てもわかる。

内容までは聞き取れなかったが、実松さんの個室まで同行する事はわかった。受話器を置いた竹内さんと目が合い、頷く。後ろをついて歩みを進める。



移動中に説明はなかった。確かにこの時間だ。廊下で会話するのはよろしい行為ではない。どんな都合なのかは着けばわかるだろうから聞かずに後を付いて歩いた。そう距離も遠くない。

10数秒で個室の前に到着した。微かな明かりが磨りガラス越しに自己を主張する。

竹内さんが静かに2度扉を小突く。中から「おう」と応答。

「失礼します。…やぁやぁサネさん、若返ったようだね。」

私は凍り付いた。

竹内さんの言葉は冗談ではない。

実松さんは、明らかに、どうみても確実に10歳は若返っている。一昨日の出勤中に見た姿とはまるで違う。誰が見ても安静状態の患者、いや、それどころか病人とは答えない程度に血色が違う。

「よう竹。さっき迎えが来たぜ。ワガママ言ったらよ、1時間待ってやるとよ。へへ、言ってみるもんだ。」

現状の理解に頭が追いつかない。動揺を隠しきれない私の肩を竹内さんが優しく叩く。

「初めてだろ?死期を悟った人は時折こうなる。多分火事場の馬鹿力ってのもこれの事だ。」

竹内さんは落ち着いた様子のままで説明する。だがそれでわかりましたと素直に返事が出来るかと言われるとそうではない。言葉を発しようとしても上手く発声ができず空気が肺から漏れるだけだ。

「無理もないね。最初は私もそうだったから。でもね、君が混乱してるこの数秒は実松さんの貴重な貴重な数秒だ。無駄にするな。」

怒気が優しい言葉に内包されている。こんな竹内さんは見たことがなかった。

だからこそ、私は落ち着くことができた。発熱した脳が急速に温度を吐き出す。

目に輝きが戻った私を見て竹内さんはいつものように優しく笑った。そしてすぐに、実松さんに目を向ける。

「ごめんね彼もまた見届け人になるわけだから。大目に見てやってください。」

「この期に及んで他人を怒る気なんて起きんよ。若えの。知らないことなんて沢山あるぞ。学べ。生きてる限りな。」

私は、頷く事しか出来なかった。実松さんの言葉が、重すぎた。金言を受け止めて堪えることしか出来なかった。

「サネさんご家族呼ぶかい?こんな時間だけれども流石に飛んでくるだろう。」

「あぁ最期にくらい見てぇもんだな。クソババァの面みてブスって言って死ぬのも悪かねぇ。…ん、待て。もしかして14日か。」

「えぇ。10月14日ですよ。」

「おー……おー、そうかそうか。てぇことはアイツが真那や孫に誕生日祝ってもらえた夜ってことか。そうかそうか。……そうか、そうか。いや、やっぱよしてくれ。ついでと言っちゃあなんだ。7時半に家族に電話してやってくれないか。」

「良いですとも。今サネさんは大統領より発言権が強いからね。」

2人は笑った。私は、苦しかった。

死期を悟った実松さんと、それを汲み取った竹内さんがあえていつも通り、いつも通りより更に明るく振る舞うのだ。涙がこみ上げてくるのを全力でせき止めた。ここで私は泣いてはいけない。絶対に泣いてはいけないのだ。

「そいつは気持ちがいいや。アイツ時間だけはきっちりでなぁ。6時半に起きて7時にご飯食べ終わって7時半には落ち着いてるのよ。その時間のがいい夢見てる最中よりよっぽどマシだ。」

「優しいなぁサネさんは。まぁ誕生日の朝に危篤になって家族駆けつけさせてるんだけどね?」

「知らねぇなぁそんな事。寝て起きて今だ。変わりねぇ。」

実松さんは豪快に笑ったがすぐ笑いは止んだ。その目は、悲しそうだった。

「…じゃあ紙とペンを用意しようか。せめてメッセージでも残して欲しい。家族の為にも。あぁ、あと無理言って連絡させなかった謝罪があると私の立場が立つのでなお嬉しいですね。」

竹内さんの家族に何故死に目に合わせてくれなかったと責められた場合の防衛策をさらりと混ぜる話術に場数を感じる。

「クソ医者め。竹が一生恨まれてるサマをあの世から観てやる。てのはどうでもよくてよ、俺ァ字なんて書きたかねぇ。ビデオとかねぇのか?」

「んー無いなぁ…携帯のムービーって言っても流石に僕らの携帯にサネさんの遺言残すのは変すぎる。あぁそうだ、サネさん携帯ないです?」

「その辺に無いか?届かん。」

実松さんが右手の指差す先、四角の小さなテレビの横に黒い無骨な折りたたみ携帯が置いてあった。アイコンタクトで私が取り、竹内さんに渡す。

「えーと…詳しくないけど…ん、あったあった。録音がありましたよサネさん。これでどうでしょう。」

「おぉそんなもん付いてたのか。知らなかった。知ったとこで意味ねぇけどな…へへ。いいかい竹。」

竹内さんはコクリと頷いて、指を3本、2本、1本と順に折りたたみ、握りこぶしになったタイミングでキーを押す。ピコッと、高い電子音が静寂の個室に響く。

沈黙。

数秒して竹内さんが再度キーを押し中断。

「あああ待て待て!ちょっと待て!何言やぁいいかわかんねぇよ馬鹿が!!」

手をブン回しながら焦る実松さんを見て頰が緩む。そんな場面ではないのはわかっているつもりだが実松さんがそうなんだから仕方がない。

「サネさんがゴーサイン出したのに何言ってるんです。ほら私はいつでもいいですからね?」

実松さんに再度目を向けると、口元を抑えてブツブツと呟き、別人の様に集中していた。

一番時間が尊いのは彼自身だと、再認識させられた。空気が再度張り詰める。



30秒程経っただろうか。実松さんが、深く頷いた。竹内さんは先程同様に指を順に折る。電子音が響く。

実松さんの大きな深呼吸が静寂を吹き飛ばした。始まる。


「よう。母さん。真那。英樹君。真樹ちゃんはまだ良くわかんねぇか。俺だ。もう生きてる内に会えないらしい。死神さんに無理言って1時間の猶予貰ったんだ。お前ら駆けつけさせるよりこうやってメッセージ残す事にした。許せや。

枕元でワンワン泣かれちゃぐっすり寝れねえからよ…あぁそうだ、病院を恨まないでやってくれ。俺の無茶を聞いてくれてんだ。こうやって録音してくれてんのが病院だから感謝してやるのが道理だ。いいか、わかったか。

特にババァ。泣き散らすなよ。昔っから泣きっぽいんだ。その度に迷惑かけやがって。64にもなっ…いや、65になったのか。そんなババァが泣いてみろ、施設に突っ込まれんぞ?

だから、泣くな!…笑え。笑って生きろ。俺は向こうで美人と遊んでるからブスは来んな。まだお前は元気だ。俺が死んだからって弱ったら承知しねぇからな。隣の石黒さんの爺さん婆さんはそうだったからな。

……まぁいいか。今な、すげぇ頭スッキリしてんだ。肺だって骨だって痛くねぇ。最高だ。こうして死ねるなら俺ァ良かった。後悔なんてひとっつもねぇって言ったら嘘だけどな。人生ってのは上手くいかないもんなんだってな!良くわかったぜ。

うし、せっかくだ。荒い人生送ってきた爺ちゃんからお前らに物申してやる。心して聞け?向こう言っても見てるからな。

まず真樹ちゃん。まだ爺ちゃんの言葉わかんねぇだろう。でも俺ァ真樹ちゃんにダァダって呼んでもらった時、手術してでも生きてて本当に良かったって思ったぜ。真樹ちゃんのおかげで爺ちゃんこうやって生きられた。ありがとう。パパママから1つずつもらった名前、立派じゃねぇか。パパみたいに真面目に、ママみたいに明るく生きろ。でもママみたいに大人になる前グレるなよ。へへ……。

英樹君。まず真那貰ってくれて本当にありがとう。ロクでもねぇ親に育てられた娘だ。まずもってロクでもねぇ。アンタは物好きだ。

優しいからどうせ本人に言ってないだろ。おう真那。お前の料理しょっぱいとさ。酒で俺が殺したときグラグラになりながら言ってたぜ。気づいてやれズボラが。

おっとズレちまったか。英樹君。アンタは真面目に取り繕いすぎだ。もっと素直になったってバチ当たんねぇよ。まだ若いけど絶対疲れる。疲れたらどうなるかって、疲れた人間は中身から腐る。外ヅラばっかりしっかりしても、中身がシャバシャバになる。水風船みてぇなもんだ。壊れたら、戻れなくなるぞ。

そうなる前に、楽に生きろ。そこだけは真那を見習え。そこだけな。

真那。体大丈夫か。真樹ちゃん産んでまぁそれなりに経った訳だが、母さんは真那産んだ後数年間体調崩してたからな。その娘だから心配だ。産んだ年だって若い訳じゃねぇ…が、旦那が俺と違ってしっかり者だから大丈夫かもな、ハハハ!

不良の頭なんてやった奴がちゃんとした会社員になって立派な旦那捕まえたもんだ。よくやった。

お前がグレたのは俺がお前の言う事全然聞かなかったからだろう。やりたい事もさせてやらなかった。今となっては言える。すまねぇ。

親なんてやった事無かったからよ、弱いとこ見せてやれねぇってムキになってた。俺の方がよっぽどガキだったわけだ。

今度はお前が親になった。悩んでみろ。親譲りの小せえ脳みそ使ってな。でも大丈夫だ。俺譲りの負けん気がある。母さん譲りの優しさがある。絶対何とかなる。

自慢の一人娘だ。父さん信じてるぜ。」



言葉が止まる。

実松さんは口を少し開けたまま硬直していた。私も竹内さんも硬直したまま動けない。声をかけるのは録音中だからお門違いだし、録音を切るのも違う。ただ実松さんを注視するしか選択できなかった。

口が微かに震えた、そう感じた瞬間に実松さんの頰に光が伝った。

私はそれを見た瞬間堤防が決壊し涙が溢れ出した。同時に込み上げる嗚咽。だがそれだけは、これだけは許してはいけない。

この時間は実松さんのものだ。絶対的不可侵な神聖な時だ。私はいない、ここにいない。

にじむ視界の端に捉えた竹内さんの頰にも、涙が線となり伝っていた。先輩もまた耐えている。何度も居合わせた竹内さんが、そうして耐えているなら、私は習わなくてはいけない。

暴走し激痛を起こす横隔膜を上体を折りたたみ無理矢理圧殺し、耐える。痛みなど痛くはない。彼に比べると屁でもない。

その間に実松さんは頰に伝った涙を拭い大きく息を吐いた。2人にも聞こえない程度の小さな声で「ありがとよ。」と呟いて、口を結ぶ。

覚悟を揺るがせてはいけない。

もう進む道は1つなのだ。

その目に輝きが戻った。


「あぁすまねぇ。何でもねぇ。最後だ。…登世子。あぁもどかしいったらありゃしねぇ。ダメだ流石にダメだ。母さん。悪いな、先においとまするぜ。

俺が一目惚れして無理くり街中引っ張り回して、何度も家に通って父さん母さんに土下座して、無理矢理結婚させてもらったのももう36年前になるな。必ず幸せにしますなんて言ったものの、これじゃ話が違うわな。俺ァ大嘘つきだ。天国でお父さんお母さんにまた土下座してくら。

むしろ幸せになったのは俺の方だ。親になれたのも爺ちゃんになれたのも、こうして晴れやかに死ねるのも元を辿れば全部お前のおかげだ。ワガママだって数えきれねぇぐらい聞いてくれた。ありがとうよ。…へへ、お前に感謝伝えるのは、何かこう、ムズムズするな。痒くなる。性に合わねぇ。

…発癌してからの数年間本当に迷惑かけた。こればっかりは謝りきれねぇ。いくら恨んでくれてもいい。いつかこっち来たら満足するまで殴ってくれ。そう考えたら俺がお前にしてやれたことってあったのか?パッと浮かばねぇな。全くしょうもねぇ男だな。

………まぁ、でも、なんだ。最期にもう1つだけワガママ聞いちゃくれねぇか。ちなみに言い訳は聞けんからとにかく守れバァカ。

俺の分まで楽しく生きろ。

お前の分の悲しみは俺が持ってく。代わりに俺の楽しみ置いてくから持ってけ。交換だ。

草津温泉に行け。ずっと行きたがってたろ。2人でたぁ叶わないから代わりに娘夫婦連れてけ。

真樹ちゃんの入学、いや、成人式まで見届けろ。真那と一緒にそれまでの写真沢山撮れよ。アルバムいっぱいにするんだ。

真那のちゃんちゃんこ姿まで生きろ。ババァになったなって笑ってやれ。

俺の机の2段目、木箱の横に通帳がある。お前にバレないでコツコツ貯めた金だ。仕方ないからくれてやるよ。それでしたい事も欲しいものも買……あぁ、そこは………うん。

万年筆が入ってるだろう。その木箱の中にな。

…………全く似合わねえことした時に限ってこうなるか。……いや、良かったか。生きてたら恥ずかしくて伝えられちゃいなかったろう。ちょうど良かったと思うさ。

誕生日おめでとう。

いや、違うんだ。チー坊達との賭け麻雀で勝ったもんだから、たまたま買ったもんだ。大した意味はねぇ。たまたまだ。



あぁ、クソ。

お前に話しかけてる……と、思うと、ボロボロ………小銭が出やがる。

…釣りの出ない人生にしたかったが無理だったな。やめだやめ。

……おう、良けりゃぁよ、次もまた連れ回させてくれや。

じゃあな、お前ら。幸せだったぜ。」

電子音が終わりを告げる。実松さんは笑顔の表情のまま、両の手で目を覆った。

私は膝から崩れ落ち、嗚咽を隠すこともなく泣いた。カーペットを握りしめても何か起きるわけでは無い。それでも何かに縋っていたかった。

うずくまる私の背中に温度。竹内さんの優しい手が私をさする。

「…お疲れ様でした、サネさん。立派なメッセージでした。ご家族に必ずお伝えしますね。橋本もよく頑張った。途中良く耐えた。立派だったよ。」

喉から出るのは嗚咽と咳。意思表示の為に必死に頭を縦に振った。

「さて、サネさん、店じまいの準備しましょうか。泣いた顔で寝るの嫌でしょう。」

「わかってら。竹、これ猶予時間が切れたら急に心臓止まって死ぬのか?」

「いいえ安心してください。疲れた時みたいにすぅっと眠れますよ。そうだ橋本、コールセンター空けすぎだから戻ってはくれないか。私は休憩に入るから、ここで。後で私が戻ったらちゃんと話しをするから。…さぁさ、辛いだろうけど行ってくれ。時間は待っちゃくれないんだ。」

ここから先は私にはまだ早いのだと悟り、何とか立ち上がり足早に病室を出た。呼吸が上手く出来ないし足が重い。壁に体を擦り付け無理矢理支えを作りながらナースセンターに向かった。まずは落ち着かなくては。竹内さんや、実松さんのように。

その間に、私について振り返ろう。


「さて、サネさん、久し振りの煙草はどうだい。今日一番偉い私が目を瞑るけれど。」

「相変わらずのクソ医者だ。一本寄越せ。長ぁく吸えば、それでちょうど良いくらいだろう。残った話聞いてくれ。聞いてくれるだけで良いからよ。」




開いた窓から2つの煙が空へ昇る。

煙は黒に紛れ、静かに消えていった。


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