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志水孝敏さん

いろいろ書いています。 時空モノガタリ文学賞作品集書き下ろし含め掲載。小説現代ショートショートコンテスト・小説の虎の穴・Book Shortsなど入賞。 第1・2回ショートショート大賞最終選考、カクヨム(ちょっとだけ)ジャンル1位獲得。 Twitter→@shiz08

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喜びでいっぱい

17/12/23 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:1件 志水孝敏 閲覧数:497

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 自動運転車はいつも通り快調だ。
 音もなく、車外の景色が通り過ぎていく。
 風景などどこも同じだ、見る必要もない。
 あと三十分で自宅に着く。
 そろそろか。
 ケースから、赤い錠剤を取り出し、のむ。
 家には妻と息子がいる。
 妻は三十歳だ。
 息子は五歳だ。
 出張のあと、二週間ぶりに会う。
 会ってどうするのか?
 あれがまだ来ない、しばらく待つ。
 ……。
 まだだ。
 ……。
 うん、ダメだな。
 やはり倦怠期か。
 もうひとつ錠剤を追加する。
 ……。
 そろそろ効かないとまずい。
 さらにもう一錠。くわえて、ピンクのも二つ。
 次第に、体が熱くなってくる。
 妻の顔が浮かぶ。
 もう結婚して六年になる。
 だが、いつまでも彼女は美しい。あの、わたしを見つめる、情熱に満ちた瞳、うねる亜麻色の髪。
 胸が高鳴ってきていた、もうすぐ会えるのだ。
 出会ったら、まずキスをしよう。思い切り抱きしめ、体の柔らかさを確かめよう。
 ああ、嬉しい!
 もうすぐ本当に会えるんだ!
 夢のような幸福だ!
 思わず鼻歌が始まる。
 家のなかに入れば、シチューや焼き菓子の香りが漂ってくるだろう。
 息子も部屋から出てくる、来なかったら呼ぼう。
 そうしたら、お土産の鳥のロボットをあげよう。高かった。ほんとうに飛び、言葉を覚える。
 変わり者の息子とはうまくいっていなかったが、これがいいきっかけになるに違いない!
 一家団欒!
 至上の喜び!
 ああ、嬉しくってたまらない!
 車が止まり、歌を口ずさみながら街路に降り立ち、玄関のドアを開ける。
「いま帰ったよ!」
 飛び出してくる妻。
「お帰りなさい!」
 子供みたいに抱きついてくる。
「はは!」
 しっかり受け止め、そのまま口づけをする。
 立ちのぼってくる妻の甘い体臭。
「ああ、本当にあなたなのね」
「うん、そうだよ」
 キス、キス、何度キスしてもし足りない。
「いい匂いがするね」
「お腹すいた?」
「うん!」
 灰色の空がなんとも美しい。
「君に会えて本当に幸せだよ!」
「わたしだって、毎日寝る前に神様に感謝してるわ!」
「かわいいよ……!」
 身体に押し付けられるふくらみの豊かさと、こちらを見上げる熱っぽい瞳。
「ねえ、坊やはいま家にいるのかい?」
「いいえ?」
 熱い息が交錯する。
「いつごろ戻る?」
「あと二時間くらい」
「時間はじゅうぶんよ……」
「どうかな……?」
 彼女を持ち上げ、ベッドルームへ向かう。
 
「ああ、ああああ……!」
 満足の吐息を漏らす彼女に腕枕をする。
「すばらしかったよ」
「わたしも……!」 
 音を立てて軽い口づけを繰り返す。
「ねえ、あなた……」
 再度手を伸ばしかけたとき、
「ちょ、ちょっと待ってくれ、もう外が暗いよ?」
「え?」
 本当だった。
 もう秋時間テーブルだからだ。
「あなたがすっごくたくましかったから……」
 キスをした後、男は気付いた。
「じゃあ、坊やはどうしたんだろうな?」
「そう言えば……!」
 居間に行くと、息子の死亡通知が届いていた。
 居住区入口のエアロックの故障で、窒息死だったらしい。
「なんてことでしょう……!」
 抱きついてキスを求めてくる。
「ちょっと待ってくれよ、早く『悲しみ』の薬をのまなきゃ」
「そうね、あ、でも待って、さっきのみ過ぎちゃったの。あと六時間はダメよ」
「じつは僕もだよ、気が合うねえ」
 また熱烈に抱きしめあう。
「ねえ、どうせ明日葬儀センターで新しい感情剤をもらえるんだから、今晩はこのままでいいんじゃない?」
「え? ああ……」
 勢いにのまれながら頷く。
「もしかしたら今日、新しいのが受精できるかもしれない。そんな気がするのよ!」
「賠償金も出るしな」
 さらに舞い上がる妻。
「そうよそうよ! 書類上はあなたは出張中だったんだから、さらに増額してもらえるかも。素敵だわ!」軽く肩をすくめ、
「ねえ、今だから言えるけど、わたしあの子のこと好きじゃなかったの。植物だの、動物だのが好きで、何より感情剤を飲むのを嫌がってたでしょう? ときどき、こっちをじいっと見て……ほんとに、変な子だったわよね」
 男は、ふと、なにか大切なことを思い出したような気がした。
 あの子は、そうだ、動物を飼いたがっていた。それも、病気の汚い犬や目の見えない子猫を拾ってきたり。
 感情剤は飲まないくせに、おかしなときに急に泣いたりして、偏屈で、付き合いにくくて。
 息子の、あの目つき。
 もう二度と、あの子には会えないのだ。
 けっして。
 ……。
 この感覚は、何だろう?
「ね、早くっ!」
 しかし、腹の底から湧き上がってくる『喜び』に、たちまち気の迷いは消え失せ、妻を抱きしめ、キスして言う。
「ああ、変な子だったな」


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このストーリーに関するコメント

18/02/05 光石七

拝読しました。
薬が無ければ感情が起こらない世界。
息子は本来の人間らしい感情を持っていたのに……
大切なことを思い出しかけた主人公ですが、薬の作用に流されてしまい……。やるせない気持ちになりました。
含蓄のある、印象的なお話でした。

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