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Hearts

17/12/21 コンテスト(テーマ):第150回 時空モノガタリ文学賞 【 悲劇 】 コメント:0件 薬包紙 閲覧数:142

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 まともじゃなかった、僕は。ずっと部屋にうずくまってた。外の世界は眩しすぎる。僕は出来損ないだから。生まれつき色素が足りないアルビノ。皮膚のメラニンをつくる能力がない僕はてっぺんからつまさきまで本当に白い。
 小学四年生までは通学していた。孤独を習得するためだけに。唯一、赤茶色の目をした僕を、ウサギ君と呼ぶ音楽の若い女の先生が好きだった。あの日の放課後、音楽室でグランドピアノを弾いていた先生が正面に立っている僕に気づいて息を呑み、とっさに椅子を蹴飛ばして立ち上がったあの時までは。先生のせいじゃない。でも直後の貼りついたような笑顔を見て以来、僕は外に出ることができなくなった。
 僕には大切にしているコレクションがある。心臓のだ。部屋の天井まで壁三面の棚は、すべてホルマリンの壜で埋め尽くされている。欲しいと言えば父親が調達してくれた。どんなルートでか、合法か否かなんてことは知らないし興味もない。ただ、蛙、鳥、マウス、猫、赤毛猿のもある――などの心臓が大小の壜の中で息づいていて、それに囲まれているとほっとする。僕は独りじゃない、と強く思う。少なくとも一人じゃない。
 いつも夢みてた。大地震が起き、心臓たちの下敷きになって死ねたら本望だって。まともじゃなかった、僕は。まともじゃなくて、それで満足だった。きみが来るまでは。
 授業で配られたプリントとノートのコピーを抱え、きみが僕の家へやって来たのは春。以来毎週クラス委員のきみは現れ、白い髪の僕をしっかりと見据え、玄関先で授業内容を説明して帰って行く。それがうっとうしかった。
 律儀な角ばった文字が並ぶノートの上に目を伏せ、僕は言った。もう来てくれなくてもいいよ。行く気ないし、学校。第一、僕には制服が似合わないよね?
「なんで」
 バカだろ、こいつ。
「あんまし言いたくないけど僕、まともじゃないだろう」
 言わせるのはおまえだ。
「どういうこと?」
 そこまでとぼける気なら、見せてやる。おまえがやってるのは偽善だ。腕をつかみ二階の奥へ連れて行く。
 僕の部屋だよ。壜のなかから鼓動が聞こえてこない? きみの後ろにあるのは蝙蝠の心臓。ご感想は?
「ここに入ったのは俺だけ?」
 当然。必要最低限以外は誰も近づかせない。僕だけの世界だもの。
「じゃあ、いちばん最初に入れてくれたんだ」
 ありがとう、照れくさそうな笑顔とぴかぴか光る目で僕を見ながらきみはそう言った。
 その日を境に調子が狂い始めた。部屋で心臓たちといっしょにいても安心感を得られない。閉めきっていた窓の外をぼんやりと眺めることが多くなり、気づいた。この偽善者の能天気野郎めと思いつつ、きみが来る日を心待ちにしている自分に。白い拳を握りしめ、僕は悟らざるを得ない。冷えきった堅い心臓たちに囲まれ、僕だけの王国に君臨しつづけるのはもうイヤだ。屍の臭いが漂うなかで膝を抱える。吐き気のように襲ってくる欲求――こんなところにいずに済んだら、どんなにいいだろう――
 はじめて手を通した学生服姿で、僕は鏡の前に立つ。白い髪。顔。眉毛、睫毛さえも。詰襟の黒に掻き消され存在が薄まる。見えない、僕がいない、僕はどこ?
 不安になって転がっていたキャンプ用の多目的ナイフを握りしめた。無意識に刃先を滑らせた右頬に、赤いすじが伝わっていくのを見てほっとする。ほら、僕がいる。さらに深く切り込みを入れて。ずきりと疼く痛みとともに盛り上がり滴る僕の血。目を刺すように鮮やかに赤い。
 こんなにこんなに赤いじゃないか。愉快になり悲鳴のような笑い声をあげた。もっとだ。袖をまくり上げ腕にナイフを当てたとたん、背後で音がして振り返る。掃除機を手に突っ立っている母さん。顔が真青だよ。
「それをよこしなさい。危ないじゃないのッ」
 制服着てみたんだ。似合わないかな、やっぱり。
「あのクラス委員の子に何か言われたのね?」
 こうすればおかしくないんだよ。ほら、色がついて赤いでしょう。
「あんたには傷ついてほしくない、これ以上つらい思いをするのを見ていたくないの! 守ってあげるお母さんが。だからナイフを貸して。それも脱ぎなさいっ、ほら…ちょっと、なっ何……!」
 いやだ。僕だって制服着たって、いいじゃないか。ねえ、どうして僕のじゃまをするの? 僕は、ここから、出たい。どうして、たすけてくれないのお母さん、力を貸してくれなかったの。僕は出たいだけなんだからッ。じゃましないで――じゃまするなああああああああ。
 僕はナイフを、振りあげた。

 西陽射す窓の外、遠くに聞こえる子供を呼ぶ母親の声。
 やっと、出て行ける。僕だけの世界は壊れてしまったから。きみと母さんを入れた今、僕はここから出ることができるんだ。胸の奥でトクン、とかすかに鳴る心臓の音。

 でもやっぱり、失敗だったんだろうか?


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